秋が訪れようとしていた。木々が色づき始め、季節の移ろいを感じとれる時期。


その頃の私たちは高校三年生で、受験の迫り、クラスには緊張感が漂っていた。
志望校に合格しようと勉学に励む中でも、やはり近づいてくる卒業は寂しくも思え、少し気がかりなもの。
県外に出てしまう人たちも多く、南雲晴矢も例外ではなかった。

ほんとにちっぽけな恋心を、私は彼に寄せていた。
誰にも優しくて、皆から慕われる彼を、いつも私は見ていることしかできなかったけど。
話したことはほとんどなく、会話といったら用事がある時に一言、二言投げ掛ける程度だったけど、それでも朝会ったら、必ず挨拶をかけてくれていた。
挨拶だって多分皆に平等にしているんだろうけど、彼も私も自転車だから会う機会も自然と多く、私はその唯一の繋がりを嬉しく思っていた。

「おはよう」

その彼の言葉は心の支えでもあったけど、呪縛の言葉でもあった。
それより先の言葉をかわしたいと思うわたしに、重くのし掛かってくるのだ。
ちっぽけな勇気も出せないわたしに。



ある肌寒い朝。
もう冬が近づいてきているんだな、と感じとれる朝のことだった。

こいできた自転車を置き場に止めようとしている時、後ろから彼がやって来るのが見える。

「(あ…っ)」

意識しすぎて思わず目線を反らしてしまう。
彼がちらりとこちらをむいた。そして小走りで校舎の方へむかう。

心臓が波をうつ。
こんなことで。相手は何も思っていないのに。
そう思い少し恥ずかしくなる。
そしてこういう風に避けてたらいつまでも進歩しないな、と自分に苦笑いする。

ふと前方を見ると、女の子が歩いていた。
甲高い声が聞こえる。
あれはたった一人わたしの恋心を知る友人だろう。
そう気付き、南雲のことを聞いてもらおうと、話しかけようと思ったとき。



「凉野。」

思わず声が漏れそうになり、口をおさえる。
振り返ると声の主は南雲だった。

南雲は笑って、いつものように言った。

「おはよう。」

私がモゴモゴと何も言えないでいると、彼はそのまま小走りで前に出てしまった。

返事、かえせなかったな。
そう、思った。


後ろ姿を見つめた。
私より少し離れて後ろにいたんだから、彼も若干走ってきたということになる。
私に声をかける為に?
そう思うと口元が緩みそうになる。

隔てなく人と接する彼にとっては普通のことかもしれない。
それでも嬉しかった。
こんな地味な私を、気にかけてくれたことが。


ふと、自然と体が動いた。
いつもの意気地無しの私はどこかへ消えていた。
追いかけて、彼の袖を掴み、微笑みかける。


「…おはよ。」

彼も一瞬ビックリしたみたいだったけど、私を見つめて笑った。

何も言わなかったけど、
私の頭ポンポンと叩いてくれた。
ああ、この人はこんな自然に人に接することができるんだ。
だからモテるんだろうな、と思うと笑みがこぼれた。




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