まずは状況を整理すべきなのだろうか。
プロミネンスでの練習を終わらせて帰ってくると、俺の部屋にガゼルが二人いた。
一人はいつもどおりダイヤモンドダストのユニフォームをまとっていて、
もう一人はここ最近見ることのなかった、私服を着ている。
外見はパッと見、服以外は何ら変わりはない。
いつものへそ曲がりのガゼルである。
いったい、この状況は何なのだろうか。
正直俺としては、ガゼルは一人で十分だ。
はっきり言って、手におえなくなる。
この微妙な雰囲気を打ち破るかのように、ユニフォームを着たガゼルが口を開く。
「シャワーを貸してくれ、私は汗をかいているんだ」
いや、俺も練習の後なんだけど。と思わず言いそうになるのを抑えた。
ガゼルはもう一人の自分に疑問をもたないのだろうか。
しかし、ここは従わないと面倒なことになるだろうと考え、しぶしぶ彼をシャワールームへ誘導した。
部屋には俺と私服のガゼルが取り残される。
こちらはさっきから俺を見ているだけで、動こうとしない。
「晴矢」
もう一人のガゼルが初めて言葉を話す。
俺は自分の耳を疑った。
ジェネシス計画が発動してからというもの、ガゼルは俺を宇宙人ネームでしか呼んだことがなかったからだ。
まるで昔の風介に近い。
ガゼルは俺の服を掴み、台所の方を指差す。
見ると棚の上にクッキーがあった。
あれをとって欲しいのか?と聞くと、コクコクと頷く。
クッキーを持ってきて渡してやると、満面の笑みを浮かべ包装紙を破り始める。
その間もベッタリとくっついたままだった。
ガゼルは俺の体にもたれかかり、足と足の間に潜り込んでいた。
誰だ。こいつは。
こんなに甘えたのガゼルを俺は知らない。
幼いころだってこんなに素直じゃなかったはずだ。
違和感が身体中を巡る。
ガゼル、と呼び掛けると、風介だよ、と言って嬉しそうに笑った。
しかしそれ以降は話しかけても無視された。
気まぐれなとこは変わってない。
こいつは紛れもない、凉野風介らしい。
背後でガラッと戸のあく音がする。
振り返るとちょうどシャワールームからもう一人のガゼルが出てきたところだった。
ガゼルは俺には目もくれないで、冷蔵庫をあけ、ドリンクをのみ始めた。
一言声をかけろよ、と言っても無視。
踏んだり蹴ったりである。
ガゼルがドリンクを持ったまま反対側に座り、とポツポツと俺に語り出す。
「朝起きるとそいつが隣にいたんだ」
あくまでこっちがオリジナル。ということらしい。
よこせ、と言ってガゼルが風介のクッキーを奪って食べ始める。
見るとクッキーは半分以上減っていた。
風介に食べ過ぎだ、というと不満そうに頬を膨らました。
「私は別に戦力が増える分は構わないのだが…」
風介がガゼルのクッキーを奪い返す。
それに便乗して俺もクッキーを一つつまむことにした。
「こう、自分の感情に素直すぎるみたいだ。
どうもいけない。」
「うんうん」
「それに私に何も喋らないしな」
あれ、と疑問に思う。
確かに俺の問いかけに対し何も答えなかったが、喋らなかったというわけじゃない。
俺の腕の中にいる風介を見つめても、何も話さずただ微笑むだけだった。
すると風介がキョトンと俺の口元を見つめていることに気づく。
どうしたのか、と問いかけようとすると、いきなり俺の唇を舐めてきた。
「ひっ」
思わず変な声が出る。
ペロペロと俺の顔を舐めている風介に抵抗できない。
どうしたんだ、いったい。
唖然としていたガゼルが風介を俺から引き剥がす。
顔を真っ赤にして、わなわなと震えていた。
それでも風介はガゼルの手から抜け出し、俺に抱きつく。今度は俺の唇にキスを落とした。
え、これはどういう展開なのだろう。風介がこんなに積極的なのは嬉しいけれど、いや、まて、どうなんだ、俺はどうすればいい?
困り果てる俺をよそに行為はエスカレートする。
「やめろ!」
ガゼルが叫んだ。
風介がキスを止め、体を起こしガゼルを見る。
「バーンに触るな!
お前は私じゃない、だから手を出しちゃだめだ!
…バーンを好きなのは私だけで十分だ!」
ガゼルが怒鳴る。
こんなに熱いガゼルは始めて見る。
いつもツンツンしてばかりで、一つも素直じゃないガゼルと、同一人物だとは思えなかった。
凉野風介がガゼルの名を与えられてから彼はいつも平然を装っていて、俺に本音を見せることはなかったな、とふと思う。
「私は、」
風介が言葉を発する。
「私はあなた、凉野風介だよ。」
相変わらずの笑顔で、呟くように話す。
「私だとか、私じゃないとかどうでもいい!晴矢に触らないで!」
やばい。
今にも暴走したガゼルが殴りかかりそうな勢いだ。
このままではまずいと思い、風介を引き寄せようとした時だった。
逆に風介が俺から離れ、ガゼルを掴みかかったのだ。
ガゼルは殴られると思ったのか、目を瞑り、体を身構えた。
すると真剣な表情だった風介の顔が、和らいだ。
「―――――――。」
何かをガゼルの耳元で呟く。
そしてそのまま立ち上がり、入り口の扉の方へ歩いていってしまった。
状況についていけてない俺が、慌てて振り返ると既に姿はなかった。
俺とガゼルは、狐に化かされたような顔をしてお互いを見合う。
部屋には静寂が残るのみだった。
………この日以来少し、ガゼルは優しくなった。
ホントに少しだけ。
(「私はあなた、素直な心のあなた。
もう少し素直にならないと晴矢を私がとっちゃうよ」)
照れ屋もここまでくると病気
タイトルはお題サイトさまのキューピッドは語る からいただきました。
うまく書けないけど、ガゼル分裂化ネタ大好きです
2010/11/05