リモコンの停止ボタンを押した指先には、美しい曲線を描く爪が光っている。
その手の持ち主、リモコンを押した男――鍾会は、さもつまらないと言ったかのように、黒革のソファーへと背を投げる。
その隣、眉をひそめ、白いティーカップで紅茶を啜る男――姜維はリモコンを鍾会から奪いとり、テレビの電源を落とした。

「こうして見ると、なかなかに私達の取った行動は滑稽だな」

鍾会が自虐的に笑うが、姜維は無言のままティーカップを見つめている。

「それで、お前は何をしたかった?この結末で何を得た?」

姜維は黒いティーカップを皿の上に置いた。中に新しく紅茶が注がれ、角砂糖もまた、その中へと落とされる。
カチャカチャと音をたてて混ぜられた紅茶は渦を巻き、更にミルクが注がれた。

「私はただ、あなたの国を共に築き上げたかっただけだ」
「嘘だな」

姜維が言い終えるがいなや、鍾会がピシャリと言い放つ。
姜維は顔を動かすことなく、視線だけを鍾会へ向ける。

「何故そう思うのだ?」

氷のような笑みを浮かべ、姜維は問いかける。
先程までと同じ柔らかい態度を崩さず、しかしその身に纏う空気は恐ろしい程に冷えきっていた。
鍾会はちらりと姜維の目を見やるも、その瞳に秘められた想いを読むことはできなかった。

「お前は私に反乱をおこさせ、うまく建国した後に私を始末し、自身が皇帝に――いや、忠義深いお前のことだ。あの暗愚を迎えるつもりだったのだろう」

鍾会は淡々と語る傍ら、白いコーヒーカップを手にとり、口元へ運んだ。

「そこまでわかっていたとは意外だった。その上で私の策に乗っていた、と?それとも建国した後には私を殺すつもりで?」

ニヤリと笑みを浮かべる姜維を、鍾会はまるで武器庫のようだと感じた。
あれは確か裴楷に言われた言葉だったか。己が例えられた物を、他人、それも近しい者に対して使うことが来るとは。
磨き抜かれた槍や矛がただ並べ立てられている――今の姜維は、まさにその武器庫そのものの姿だった。
急に口を噤んだ鍾会へ、姜維が不穏な目を向ける。
それを察してか、鍾会は重い口を開き始めた。

「……私はお前を愛していた。どうしようも無い程にだ。いずれは殺されると知っても、お前を手にかけるなどできなかった。」

それに、と鍾会は続ける。

「お前の喜ぶ顔が見たかった」

予想外の返答に、姜維は大きく目を見開いた。
実のところ、自らの策が鍾会に露見しただけでも予想外だった。
だが、その策を知った上で策に乗っていたことに、更に驚きを隠せなかった。あの鍾会が、だ。それも、ただ愛していたという理由だけで。
刺を全て切り落とされたイバラのように、姜維を取り巻いていた冷たい雰囲気はすっかり消えていた。

「私も……あなたと同じだ。自らの使命を理解しながらも、心のどこかであなたを愛していた。きっと、時がきても、あなたを始末できなかっただろう」

姜維は自虐的に笑うと、鍾会の結われた長い髪を撫でた。
生前、幾度となく触れた髪に赤色は無く、ただただ柔らかい質感が姜維の手を包んでいた。


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