鳥の雛は産まれて最初に見た物を親と認識する。
そのような話を、以前耳にしたことがあった。
産まれたばかりの赤子のような彼の首を、緩やかに私の手が締め上げる。そんな私の姿を、彼は"親"と認識したらしい。

告白

「姜維殿」

名を呼ぶ声に振り返ると、栗色の髪が視界の端に映る。幾度も触れた柔らかいその髪に、どす黒い血がこびり付いているのが見えた。
彼の全身を包む鎧、新橋色の外套、白磁器のような皮膚すら紅の飛沫で彩られている。
城外は予想よりも酷い惨状だ。彼の姿を一目見るだけで誰もが悟るだろう。
彼の武器、飛翔剣。どういう原理でそうなっているのかはわからないが、手で持たずとも空中に浮遊し、いとも容易く敵を討つ。つまり、自らの手を血潮に濡らす事なく敵を掃討できるのだ。
だが、その白いままのはずの手はすっかり赤く濡れている。それだけでどれ程の苦戦を強いられてきたかは想像に難くない。

「鍾会殿……外は」

喉から出かかった言葉を飲み込むと、彼は無言で私の体へと寄りかかり、肩に顔を埋める。
錆びた鉄のような血、土埃、戦場の臭いが鼻をつく。

「……こちらの兵は風前の灯火だ。私の計画も、所詮は夢想というわけか」

顔を伏せたまま、覇気のない声で呟く彼の体を私は抱きしめる。冷たい温度とともに、鎧に付着した血が私の手をも濡らす。
その濡れた手で赤子をあやすように彼の髪を撫でると、触れた彼の髪が私の手と同じ色に染まった。

「外へ出ましょう。最期まで戦いぬきましょう。諦めるにはまだ早い」

私は彼の体を手放し、そのまま壁に掛けられている槍を手にとった。使い慣れた筈の槍がやけに重たく感じるのは、無意識の内に死を感じているからなのか。
一歩、また一歩と外へ歩みを進める度に、鎧が叩きつけられる音がする。彼は隣で私と歩幅を揃えて外へ足を運ぶ。

外へ出た途端に矢の雨が降り注ぐ。私も彼も己の獲物で身を守った。が、全てを弾くなど不可能に等しい。
流れ矢が私の左腕を、彼の肩を貫く。燃えるような痛みが全身を走る。
耳を劈く怒号が脳に届く前に、私の足は走り出していた。
考えるよりも先に腕が動き、敵兵の胸を突き、腹を抉り、足を、腕を、頭を刺し貫いた。
粉塵が目に染みようと、身体がいくら己と敵の血で染まろうとも、止まる訳にはいかない。動きを止めたが最期、私の命の炎は潰えるだろう。
生きるために動き続けなければ、討ち続けなければならなかった。
目の前に現れる敵を幾度殺せど、此方は少数、相手は多数なのだ。無限のように現れる敵のお陰で、その絶対的な事実が嫌と言うほどに身に染みる。


あれからどれほどの相手を葬ったか分からないが、槍の刃先を見やると、側面に綻びが生じていた。
紅い塗料がぶち撒けれたような獲物を、服で拭う。
あとどの程度、これが持ち堪えるかわからない。せめて、この軍勢の波が止まるまで。そう願うのはあまりにも滑稽だろうか。
そのようなことを考えていた、瞬間だった。


「姜維殿!」

彼の叫びが私の耳に届くやいなや、私の脇腹から鮮血が噴き出す。
やられた。迂闊だった。


彼は私の目の前で崩れ落ちた。思わず目をやると、敵兵の槍が彼の身体を貫いている。
英才と謳われし鍾士季はここに散ったのだ。そう理解する前に己の身体に鈍い音が響き、再び槍に突き破られる。
冷たい金属の感触、業火のような熱、気を失う程の痛みが全身を支配する。
断続的に痛みが走るせいか、意識をやることもできず、ただただ己の胸から溢れ出る赤い河を見つめるしかできなかった。
聴覚が衰えていっているのか、周囲の音が急速に小さくなっていく。視界も先程までの視界より明らかに狭まり、私の目の前から色が抜け落ちていく。
ずるりとした嫌な感触が腹を伝う。臓物を掻き出されたのだろう。
血液が逆流し、口内に錆びた鉄の味が充満し――外へ流れ出た。
意識が遠くなり、呼吸もままならない。
この時私は初めて、死というものを身を持って知ることとなった。

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