こんな夢を見た。
深い闇の中に、無造作に散りばめたような―無数の星が瞬く夜のことだ。
いつものように縁側に座り、月見酒を楽しんでいると庭に人の影が映る。
こんな時間に曲者かと思ったが、よくよく目を凝らしてみると、すぐにその考えは消え去った。
細目の体格にだらりと下ろされた髪が風で揺れる。見覚えがある…というよりも毎日のように見ている影だ。
影は左近、と己の名を呼ぶと目の前に姿を現したのだった。


夢十夜


「殿じゃありませんか。どうしたんです?こんな夜中に」
「少し、話がしたくなってな」

三成はそう言うと左近の隣に腰掛ける。
小袖から覗く肌は朧月に照らされ、いつも目にしているものよりも一層白く輝いていた。
左近は伏せていたもう1つの盃を開けると、三成にも酒を注ぐ。

「すまぬな」
「いえ、丁度誰かと一献やりたい気分だったんで、殿が来てくださって助かりましたよ」
「それはよかった」

三成は注がれた酒をぐい、と飲み干す。

「で、話ってなんです?」

左近が問いかけると三成の表情がひどく強張る。
そしてちらり、と庭を見やると重々しく口を開いた。

「次の戦……俺がもし、負けたらの話だ」

朧月が雲に隠されていく。
天を覆う無数の星もまた、雲に隠され、夜の闇は一層深くなった。
庭の草葉はがさがさと音を立て、髪の毛が静かに浮き立つ。

「殿」

なりません、と左近は三成を制止した。
だが三成は構わずに続ける。

「左近、お前だって薄々わかっているだろう。俺には勝ち目がない。……だが、引き返すわけにはいかぬ。俺が勝たなくては豊臣は……終わる」

左近は言葉を返すことができなかった。
正直なところ、三成が言った通り、左近は西軍が負けるだろうと思っていたのだ。
機を逃し続けた三成に残された勝率はあまりにも低い。
だが、まさか本人がそれをわかっているとは思わなかった、否、思えなかったのだ。

重苦しい顔の左近を断ち切るかのごとく、そこでだ、と三成は懐から取り出した扇子をぱちりと叩く。

「頼みがある。左近」
「……?」

三成は縁側から立ち上がり、左近の正面に立つ。

「百年、待っていてくれぬか」

ちらりちらりと雪が降り始めた。
十月というのにあまりにも早いその雪は積もることもなく、地面や葉に触れては溶けて行く。
月明かりが雪を照らし、柔らかな風は雪を何処かへと運ぶ。
髪の毛が風に煽られ、露となった三成の首筋に雪が当たり、露と消えた。

「百年間、俺の墓の傍で待っていろ。そうすれば俺は――左近、必ずお前に会いにこよう」

真摯な眼差しと不敵な笑みをたたえ、三成は左近を見つめる。
左近はにやりと口角を上げると、おもむろに口を開いた。

「殿のためなら何年でも待ちましょう。ただ、百年は長すぎですな。殿が会いに来てくださる時には左近は土の中ですよ。せめて五十年くらいにしてくれないと」

そうだな、と三成は笑った。


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