鍾会殿は私を好いている。私には他とを見るのとは違う、熱を持った視線を投げ掛けてくる。
いつから私のことをそういう目で見ていたのかはわからない。だが、蜀が、劉禅様が降伏された時、恐らく初めて敵としてではなく私と対峙したときには、すでに好意を抱いていたのだろう。

蜀が陥落した晩、私は鍾会殿に呼ばれた。
何も卑しいことがあったわけでない。ただ、幾つか質問を受けた。
蜀があった頃の様子から個人的なことまで。まるで私の全てを知ろうとしているかのように。
何か期待を孕んだ瞳を私に向けていたのが印象的だった。



「鍾会殿、参ったぞ」

姜維は土産にと持参した酒を鍾会に渡しながら、見慣れた背中姿へと声をかける。目の前の机に目を向けると、敗将を饗すにはあまりにも豪勢な料理が盛られており、姜維へ対する思いの丈が伺えた。

酒を飲み、料理を口にしながらいつもと同じ様な会話を交わす。
鍾会は勿論のこと、以外にもその時間は姜維にとっで楽しかったらしく、時間はあっという間に過ぎていった。
刻々と過ぎ行く時間と共に鍾会には酔いが回ってきたようで、顔が赤くなり、発言の内容もいつもと比べて理性的なものでは無くなっていく。
一方姜維の方は酒に強いこともあって、平静を保ったままだった。
……今なら聞ける。そう確信した姜維は箸を運ぶ手を止め、口を開く。

「鍾会殿はまだ妻を娶られないと聞く。何故娶られないのか?」

姜維の問いに鍾会は目を泳がせる。
置いた盃を手に取り、ぐいと酒を喉に注ぐと鍾会は口を開いた。

「私は、その……女性が苦手なのだ……」

酒のせいで赤くなった顔を更に紅潮させ、泣きそうな声色で言う。

「因みに、誰かと付き合ったことは?」
「無い」
「不躾なことをお聞きするが、性交渉の経験は?」
「……無い」

笑うなら笑え、と投げやりな声が姜維へと飛んでくる。質問を続ける姜維に鍾会は酒が入っているせいか、普段決して答えそうにない事にも答えていく。
予想通りだ。今までの質問に対する解答、態度、全て予想通り。
強い酒を持ってきたせいか、鍾会は既に泥酔寸前だ。元々酒に余り強くないのだろう。これならいける。

「なんなら、」

私がその相手になろう。
鍾会が息を飲み、目を丸く見開かせる。驚きの余り盃が手から滑り落ち、派手な音を立てて床へと落下した。
思考が暫し停止していたらしい。少し立ってから鍾会は口を開いた。

「姜維殿、それは何かの冗談か?」
「いいえ」
「私を哀れんで言っているのか?」
「いいえ」
「……本気で言っているのか?」
「はい」

返事を返すごとに鍾会の顔に驚愕の色が一層増していく。
そして顔を脇に背けたかと思うと、両手で覆い、そして顔を姜維に向けた。だが視点は相変わらず姜維のそれと交わらない。

「夢を見ているようだ」
「夢……?」
「ずっと、あなたに惚れていたのだ。あなたとこうして交われる日を、心の底で望んでいた」

私もあなたと交わりたかった。心にも無い言葉を鍾会に送る。
鍾会の白く細い指が、姜維の頬へと伸ばされた。ひやりとしたその感触に冷めきった自身の心が重なって見えた。
鍾会は足下に転がっている盃も気に止めず立ち上がると、姜維の腰を軽く抱いて、寝室へと誘導する。

これで、これでいい。
たとえ娼婦のようにこの身を売ろうとも、目的を果たせるのならこれでいい。
寝台へ押し倒されながら、亡き師のことを思い浮かべた。



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