寝起きの乱れた髪を櫛で丁寧に整えると、細かな柄の入った紐で自身の長い髪を結う。
姜維は寝間着を手早く脱ぐと、皺ひとつ無いシャツに袖を通した。

旦那様、鍾会様がお見えです、と予定の時刻きっかりに女中から声が飛んでくる。わかった、と声を返すと、姜維は懐中時計を懐に忍ばせ部屋を後にした。

銀座へ向かう馬車の中は程よいリズムで身体を揺らす。隣に座る鍾会は黒い背広と帽子に身を包み、流行りの傘を手にしている。
めくるめく変わる風景に現を抜かしていると、隣から自分を呼ぶ声が飛んできた。

「今日こうしてあんたを誘ってしまったが、承諾してよかったのか?」
「それはどういう――」
「姜維殿にも思い人などがいるだろう。そいつらを誘わなくてよかったのか」

鍾会はすまなさそうな声色で質問を投げ掛ける。姜維は自身が鍾会に対して抱いていた思いと同じことを言われたのに驚いて、思わず息を飲んだ。

「それはあなたも同じことだろう。……私には今、思い人などはいない。鍾会殿は私なんかを誘ってよかったのか?」
「私は姜維殿と見たいと思ったから誘っただけだ。……そ、それに、私の思い人は此処にいる」

姜維は一瞬意味を理解できずに鍾会の方を見やると、やっとその意味を理解したのか頬に赤みが差していった。鍾会も姜維が見つめる頃にはとっくに顔を赤くしていて、目を合わせないように必死で外へと顔を向けていた。

「鍾会殿、それは……」
「き、気持ち悪いと思っただろう。……自分でも変だとは思っているんだ。思ってはいる…」

顔を隠す鍾会の手をとり、目を見つめ、姜維は口を開く。

「そんなことは無い。私もあなたを好いている」
「な、なら……その……私の恋人に……すまない、今のは気にしないで――」

言葉を遮り、伏せようとする鍾会の顔を上げ、姜維は微笑みをたたえながら答えた。

「はい、喜んで」

鉄道開通式の祝砲を遠く聞きながら、二人は手を取り身を寄せあった。

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