―慶長5年9月15日、毛利輝元率いる西軍と徳川家康率いる東軍が関ヶ原で衝突した。
戦いはものの半日で終わり、西軍は敗北。
この戦いの首謀者である石田三成は落ち延び、山の中を走っていた。


どれくらい走っただろうか。
山の匂いと自身に付着した血の匂いが交差する。
練りに練った計画は味方の寝返りによって全て崩れてしまった。その結果がこのザマだ。
見慣れた顔の家臣達、吉継、そして左近…。
皆、あの砂ぼこりと硝煙の中に消えてしまった。もはや生死すらわからぬ。
どうか、どうか無事であってくれ。彼らのことを考える度に願わずにはいられなかった。


日も暮れて山一帯が夜の闇に包まれる。さえずる鳥の鳴き声も消え失せ、鈴虫と風の音が聞こえるばかりだ。
三成は休息と喉の渇きを癒すために、山の奥地を流れる川へ歩みをすすめた。

両手で水を掬い、喉に流し入れる。
みるみるうちに潤う喉とは対象的に、心は疲弊し、枯れはてるばかりだった。
目の前に広がる水面が戦場に見えた気がした。
三成は、未だ戦場の中にいるような錯覚に陥る。
怒号と銃声、叫ぶ声が耳から離れない。
自らが葬った者、転がった死体、最後に見た左近の背中が目から離れない。
自分はずっとあの時間に縛られている。

どのくらいそこにいただろうか。背後で枯葉を踏む音がした。
まさか、敵の追っ手がここまできたのだろうか。三成は鉄扇を構え、音のした方へ振り返った、その刹那。
頭を押さえ付けられ、池へと沈められる。激しく抵抗するが、びくともしない。
気泡が目の前を通り過ぎる。
水が、鼻、喉、耳、あらゆる穴から侵入する。
ぼやけていく視界を前に、三成は意識を手放した。



排気ガスの匂いとビルの光があたりを包む。
硬いコンクリートの地面、三成は瞼を開いた。そして呆然とする。ここは、どこだ。

現代の日本、東京。眠らない街の地面に三成は横たわっていた。


体を起こした三成の方へ赤いスポーツカーが向かってきた。停車した車のライトが三成を照らす。あまりの眩しさに三成は目を強く瞑った。
車の中から現われたのは黒いスーツの男。
スーツの上からでもわかる鍛えぬかれた肉体、背の高い三成以上の長身、そして彼の特徴とも言える長く黒い髪の毛。
男は呆然としている三成へと近づき、口を開く。
「殿…!やっと、やっと逢えた!」
抱き締められるその感覚は紛れもなく。
「左近…?」
行方知れずと思われた家臣が、今、自分を抱きしめている。
あまりの感激に涙が溢れた。
「遅いのだよ!俺が、どれだけ心配したと…!」
泣き顔を見せないように、顔を胸板に押しつけながら言う。
左近はそんな主君を心底愛しいと思う反面、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになった。
「殿、本当に、遅くなってすみませんでした」
赤茶色の髪を、左近の大きな手が撫でる。三成は嗚咽を漏らしながら泣いていた。




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