｢また切ったんですか？｣

｢切った｣

テツヤは私の血まみれ傷だらけのぼろぼろな手首を見てとても無機質なロボットのような声で問い掛けてきた。あまりにもどうでもよさそうなので私もどうでもよさそうに手首をひらひらとさせ傷を見せ付けた。血がフローリングやテツヤの服と私の服を汚す。テツヤは顔をしかめた。

｢ボクが目を離すとすぐ切りますよね｣

｢だって…見られながら、は恥ずかしいよ。女の子だもん｣

｢どの口がそんな事言うんだか｣

呆れたかのようにテツヤは溜め息をついた。私は右手で握っていたナイフを誰もいない方に放り投げる。かこん、と音を立ててナイフはフローリングに落ちた。テツヤは音に吃驚したのかびくんと体が跳ねる。そんなに驚く程ではないだろうに。その姿はまるで愛くるしい小動物のようで少しだけ笑ってしまった。

｢血、大丈夫ですか？｣

｢あー…いや、大丈夫じゃない｣

｢…ばかですか｣

｢え、あれ、テツヤさーん｣

テツヤは私の左手首を引っ付かんで傷を暫く凝視したかと思うと自身の生々しいピンクの舌で傷口からとめどなく溢れる血をべろりと舐めた。それも犬か何かのように何回も何回も。唾液が沁みてとても痛い。テツヤは口の周りや舌が真っ赤になるのを気にもしていないようで夢中で舐め続けていると思ったら傷口を抉るかのように舌をねじ込んできた。唾液と血が混じってだらりと手首を伝って落ちる。なんというか、やっぱり凄く痛かった。

｢あ、止まりましたね｣

｢…ん、…そう？｣

｢ふう…なんていうか、凄く汚いです。きたない｣

｢それを舐めてたお前が言うなと｣

血まみれな口の周りを袖口でぐいっと拭って綺麗にしたかと思うとまた再開するのか私の左手首をまた無理やり口元に引き寄せた。べろり、と舐めた。と思ったらがぶって噛み付いてきて私は驚いた。舌で抉った場所に噛み付く。骨が見えてしまうんじゃないかと思うくらいには抉られてるのではないか…テツヤは歯を立て、私の手首の肉をぶちっと噛み千切った。痛い。痛い、痛い痛い痛い痛い。自分をナイフで滅茶苦茶に傷付けていてもこんな痛みは味わった事がない。痛みでどうにかなってしまいそうだ。テツヤは私の肉をくちゃくちゃとまるでガムのように十分に咀嚼するとごくん、と飲み込んだ。白く艶めかしい喉元が動く。痛くて死んでしまいそうだった。

｢名前さんが傷付くのは見たくないです｣

｢…っ…、ぅうあ…なんで…？｣

｢ボクまで悲しくなるから。だから食べちゃいます。傷付ける場所が無くなるまで食べるんです。手首も、二の腕も足首も太股も頬も乳房も腰周りも手と足の指も鼻も耳も眼球も脳味噌も子宮も！そしたら名前さんは傷付くこともないから出血多量で苦しんで死んだりしない！そしたらボクとずっと一緒にいてください。名前さんはボクと一緒に幸せに暮らすんです。バスケも、みんなもいないけど名前さんがいれば幸せです！｣



120930/黒子テツヤ