半音ずれたトランペット
朝、勝手に家庭科室を借りて作ったクッキーを持って3Bの教室へ向かった。
「やあ丸井君。」
「…渚。」
「どうしたんだい、そんなムスッとした顔で。幸運を逃してしまうよ?」
『丸井君』と言う呼び方に不満なのか、それとも彼女と何か揉めたのか、もしくは日常に嫌なことがあったのか珍しく丸井君の表情が仏頂面だ。
「俺は天才だから幸運は自分で掴み取るんだよぃ。」
「なるほど、さすが丸井君だ。じゃあその手助けのためにコレをあげるべきかな?」
そう言って持ってきたクッキーの入った袋を目の前でちらつかせる。
「欲しい!!」
「はい、どうぞ。」
「サンキュー渚!」
袋を受け取って満面の笑みでお礼を言うブン太は凄く可愛い。
「ところで丸井君に一つ質問していいかな?」
「んー?」
早速袋を縛っていた紐を解いてクッキーに手を伸ばすブン太にもう一つの本題を言い出す。
「今日来た転校生はどの子かな?」
「………。」
案の定、彼女と一悶着したのかクッキーに伸ばしていた手を止めてまた仏頂面に戻った。
わかりやすいなぁ、ブン太は。
「ああ、答えたくないなら答えなくてもいいよ。他の人に聞いてみるから。」
「今は仁王と一緒にどっか行った!」
「そう、ありがとう。」
その嘘には騙されてあげるよ、例えさっきとすれ違った人が仁王君だったとしてもね。
「なあ渚、何で転校生になんか興味深いを持つんだよぃ!?」
「うーん、丸井君の『何で』に答えるのは難しいからまた今度にしないかな?」
丸井ブン太の欠落した部分を見せても学校という安全区域ではマイナスにしかならない。
「はぐらかすなよぃ。」
「はぐらかしてはいないんだけど…もうすぐ予鈴もなるから、ね?」
ブン太の耳元で「後で行くから」と小さな、周りには聞こえない声で囁くと顔を赤く染めながらちょっと拗ねた表情をした。
「…わかったよぃ。」
「また、ね?」
「おう!」
含んだような言い方でブン太と別れて3Bの教室を後にするとある女子生徒が二つ折りの紙を目も合わさず押し付けてきた。紙に書いてある言葉は『書道準備室に今から』と少し乱雑な、急いで書いたような字が書かれていた。
「あーあ、招待状がまた来ちゃったよ。」
残念そうに、また嬉しそうに呟く私に手紙を押し付けた少女は怪訝そうな顔で私のいる場所を振り返ったがまたすぐ去っていった。
「まあ彼女達に聞いてみるのもいいかな?」
それなりの情報は手に入るだろうからね。
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