#見てるだけでいいなんて嘘

友人と恋愛の話をしていると、「見ているだけでいい」なんて良く聞く台詞だ。その台詞を聞くたびに、実際はあわよくばと思っているくせに、と心の中で呟く。自分から告白する勇気がないから、そう言うだけなのだ。かく言う私も、友達には「見ているだけでいい」と言っているのだが。本音を言えば告白したいし、付き合いたい。だから、彼の大事な全てのことが終わったら、告白しようと決めている。

彼、というのが、同じクラスの荒北靖友であることは、私以外は誰も知らない。席は隣の隣。友人には「好きな人がいる」とだけ言って、誰かまでは伝えていない。何故かと聞かれても、明確な答えは出せない。ただ、なんとなく、だ。強いて言えば、彼の所属していた部活が原因かもしれない。

「そういえば、見に行ったんだ!自転車競技部のインターハイ!」
「えー!どうだった?」
「もう、めっちゃかっこよかったよ!東堂君!」

友人達の話で度々出てきては盛り上がる自転車競技部。彼、荒北君も所属していて、もちろん私もインターハイは見に行った。ただし、表面上は友人の付き添いで。箱根学園自転車競技部と言えばかなり有名で、自転車が好きな人はもちろんだが、中にはミーハーなファンもいる。特に同じ三年生の東堂君は、女子人気が高く、校内にも外部にもファンクラブがある。私の友人も、そのファンクラブに所属している。

「ねぇ、なまえ!」
「あ、うん。すごく、速かったね」
「だよねー、さすが東堂君だよー!」
「いいなー。私も東堂君、見に行きたかった」

雰囲気的に、荒北君が好き、なんて言い出しにくい。

友人達が東堂君の話で盛り上がる中、私は机に伏せて寝ているらしい荒北君をこっそり横目で盗み見た。インターハイが終わり、部活を引退した荒北君は、今は受験に向けて勉強に打ち込んでいる。何でも、少しレベルが高い大学を志望しているらしい。荒北君の大事な部活が終わった時に、告白しようと思った。けれど、その話を聞いて、全部終わったらにしようと決めた。

「そういえば、なまえは例の好きな人とはどう?」
「え」
「何?例のって」
「なまえってば、絶対好きな人教えてくれないんだよ」

急に話の方向が私に向く。いつの間にか東堂君の話は終わったらしい。荒北君から目をそらし、友人達の話の中に入ると、どうやら東堂君の話は終わった訳ではなく、友人の友人が東堂君に告白したという話になっているようだった。そして、好きな人という大きなくくりで、私に話の矛先が向いたらしい。私は友人に「皆の知らない人だから」と嘘をついてはぐらかす。

「仲は良いんだっけ」
「普通だよ。きっかけ作って話したりしてる」

荒北君とは、特別仲が良いわけではないが、悪い訳でもない。二年生から同じクラスで、今まで何度も話をしている。とは言え、荒北君の私への認識は、同じクラスの女子、程度だろう。

「荒北」

教室の外から荒北君を呼ぶ声がした。友人達がきゃあ、と声を上げ、それに反応して私がパッと教室のドアに目を向けると、偶然にも、話をしていた東堂君だった。それから今度は荒北君を見ると、荒北君は机から顔を上げ、面倒くさそう立ち上がり、東堂君の方へ歩いて行く。友人達は東堂君ばかり見ていて、荒北君を見ている私には気付かない。ガヤガヤと賑やかな教室の中では、彼らの声は聞こえるわけもなく、私は彼らを気にしながら友人達の黄色い声に耳を傾けていた。

「東堂君、かっこいいー」
「なまえはファンクラブとか、そういうのないの?ほら、新開君とかもファンクラブあるじゃん」
「私は、別に…」

盛り上がる友人達にそう言いながら教室のドアの所で話す二人に顔を向ける。すると、東堂君がきゃあきゃあ言っていた友人達に気づいたらしく、爽やかに微笑んで手を振った。荒北君が、眉間にしわを寄せながら、こちらを振り返る。ばち、と荒北君と目が合った。途端に私の心臓がはね上がる。荒北君はすぐに東堂君の方に向き直って、手を振る東堂君を小突いていた。私はまだ、心臓がうるさいまま。

「そっか、そっか。なまえは好きな人一筋か」

友人がそう言いながら私をからかう。丁度チャイムが鳴って、戻ってくる荒北君から目をそらし、私はからかう友人の手を軽く叩いてやった。聞かれてないかな、と席につく荒北君を見ながら、少しだけ、不安になった。

「当番はこの後の放課後、全員分のノートを持って職員室に」

教卓にどんどん積み重ねられていくノートを見ながら、当番だったことを思い出す。ついてないな、とため息をつきながら、持って行こうと席を立った。全員分のノートって重いんだよな、とまたため息をついて教卓のノートを見下ろす。友人がお疲れ、と私の肩を叩いて行く。手伝ってよ、と頼むと、約束があるから、と断られてしまった。とことんついてないな、と思いながらどんどん集まってくるノートの一番上に、自分のノートを重ねた。

「当番?」

教卓でバラバラに積み重なったノートをまとめている時、声をかけられた。ぱっと顔を上げると、荒北君がノートを持って私を見ている。声をかけてきたのが荒北君で、驚いてしどろもどろしていると、「当番でしょ?」ともう一度荒北君が私に言った。

「う、うん。私が当番だけど」
「あのさ、ちょっとノート待っててくんね?まだ終わってねぇんだ」
「あ、うん。わかった」
「ごめんネ」

私にそう言って荒北君は自分の席へ戻っていく。数学の教科書を開いて、ノートに書き込んでいるようだった。授業中、荒北君は頬杖をついて寝ていた。先生は気づいていたのかいなかったのか、特に注意することもなく、荒北君は一時間分、ほぼ寝ていたのだ。大丈夫かな、と思いながら私は教卓のノートを持ち、自分の机の上に運んだ。

「あ、なまえ当番?」
「うん」
「持っていかないの?」
「荒北君が終わったら持ってく」
「え、荒北まだ終わってないのー?」

友人が荒北君に声をかける。荒北君はこちらを振り向かず、「寝てたんだよ」と少し苛つきながら答えた。

「荒北に持って行かせれば?」
「ううん。あの先生、当番とかうるさいし、私が持って行く」
「そっか」

友人は「また明日」と言って教室を出て行った。荒北君には「早く終わらせろよ」と、告げて。教室には、私と荒北君しか残っていない。何もすることがなく、手持ちぶさたで訳もなく一番上に重ねた自分のノートをパラパラとめくった。今日の問題は応用編で、ちょっと複雑だったな、と解いた数学の問題を見る。荒北君を見ると、シャーペンを持つ右手が止まっていた。悩んでいるらしい。

「……あ、荒北君」
「ん?」
「えっと、もしかして悩んでるかなって……問題」
「あー……悪いな、待たせて」
「そうじゃなくて、よかったら私の写す?」

自信はないんだけど、と付け加えてそう言うと、荒北君は少し考えて、「やっぱりいい」と断った。

「待たせる事になっちゃって悪いけど、自分で解かねぇと」
「そう」
「顔に似合わず真面目ー、とか思ったァ?」
「ううん!荒北君頑張ってるなって……あ、ほら、受験の為でしょ?ちょっと、聞いたから」

私が早口でそう言うと、荒北君はちょっと驚いた顔をしてから、「ありがとネ」と笑った。不意の笑顔に、思わず顔を逸らす。きっと、赤くなっているに違いない。

「えっと……あ、じゃあ、私教える!問題はなんとか解けたし」
「いいのォ?」
「うん!頼りないかもしれないけど」
「んじゃよろしく」

荒北君の前の席に移動する。ひとつの机を挟さんだいつもより近い距離。自分から言い出したくせにドキドキしてしまって、私は荒北君に気づかれないように小さく、息を吐いた。

「ここまで解いたんだけどォ、この次の計算がおかしいんだよネ」
「んー、あ、ここ。計算ミスだよ、だから解けないんだと思う」
「計算ミス?」

荒北はカリカリとノートに数字を書いて、もう一度解いていく。あ、と小さな声が聞こえて、荒北君が「本当だ」と呟いた。「単純な計算ミスだったね」と私が言うと、荒北君は「焦って計算したからなぁ」と苦笑いをする。そんな表情にすらいちいちドキドキしてしまって、私は荒北君を正面から見れないでいた。荒北君はきっと早く終わりたいのだろうけど、私は問題が解けなければいいのに、なんて思ってしまう。「ゆっくり、確認したほうがいいよ」なんて、荒北君の為に言ったのか、自分の為に言ったのか。

「なぁ、こっちはこの公式使うわけ?」
「ううん、さっきと同じ。式が違うように見えるけど、形は同じだから……」
「う……意味がわかんねぇ……」

そう言いながら頭を抱え荒北君が唸っていると、バタバタと廊下を走る音がした。何となく振り替えってみると、教室のドアの窓から見えたのは走っている東堂君だった。東堂君だ、と気付いた瞬間、東堂君が教室のドアを開ける。そして「荒北!」と大きな声で荒北君を呼び、「遅いではないか!」と怒った。どうやらあの休み時間に、何か約束をしていたようだ。

「ッセ、東堂……これ終わったら行くよ」
「何だ、居残りか?全く、仕方のない奴だな」
「いいから先行ってろヨ。つか福チャンにメール入れたんだけどォ?」
「福は今日、ケータイを寮に忘れたらしい」

仕方ねぇな、と荒北君が苦笑した。東堂君は「福と隼人には伝えておくが、早く来いよ」と荒北君に釘を刺して、私の方をちら、と見てからドアを静かに閉めて廊下を来た方向へ戻って行った。少しの間、東堂君が歩いていった廊下を見ていると、荒北君が不思議そうに「なまえちゃんはさぁ」と私の名前を呼んだ。

「えっ」
「東堂のファンじゃねーのォ?」

私は小さな声で、うん、と頷くことしか出来なかった。東堂君のファンだとかそうじゃないとか、そんなことより、荒北君が私の事を名前で呼んだ、という事実の方が、私の中でとても大きく膨らんだ。二年間同じクラスで、ちょこちょこ話をしてきたから、だろうか。もしかして、意外と望みはあるのかも、なんて浮かれてしまう。

「昼、東堂が教室に来た時、きゃあきゃあ言ってたじゃん?」
「私の友達がね」
「そうだっけ?なまえちゃんも見てなかった?」

あれは荒北君を見ていたんだよ、なんて言えるはずもなく、私はまた名前を呼ばれた事に少し恥ずかしくなって、荒北君から顔を逸らした。そんな私の行為に勘違いをしたのか、荒北君は「ほら」と笑った。

「いいのォ?今東堂……」
「ほ、本当に違うんだって!」
「ふうん、ま、いいけど」

荒北君はそう言ってまたノートに視線を落とす。カリカリとノートを走るシャーペンの音が妙に大きな音に感じて、居心地が悪い。焦って大きな声を出した分、沈黙が耐えられなくなってくる。それに、荒北君は、まだ勘違いをしているだろうか。いや、私が誰のファンで誰を好きかなんて、荒北君は興味もないだろうけれど。

「あ、荒北君は」
「ん?」
「いないの?好きな人……」

思わず声がうわずった。心臓がバクバクとうるさい。聞かなきゃよかったかな、と後悔しながら荒北君を見ると、荒北君は真っ赤な顔をしていて。

「なっ……!急になんだよ!」

荒北君の真っ赤な顔に反して、私の視界はすっ、と黒くなる。あんなにうるさかった心臓の音も、落ち着いていく。

「いねえよ、好きなやつなんか」
「……嘘だぁ、荒北君、真っ赤だよ」
「ばっ……!これは、あれだ、急にそんな話すっからァ!」
「急じゃないよ。荒北君から言ったんじゃん、東堂君のファンかどうかって」
「あれは、ちょっとちげーだろ!?」

こんなに顔を赤くして、取り繕う暇がないほど好きな人が、荒北君にはいる。それはきっと、私じゃない。名前を呼ばれて望みがあるかも、と期待したけれど、打ち砕かれてしまった。

「告白しないの?」
「……いいんだよ、見てるだけで」

荒北君の小さな呟き。ほぼ同時に荒北君の携帯電話が鳴った。ノートの問題は、もう解けていて、私は席を立って自分の鞄を取る。荒北君は舌打ちをしながら電話に出て、「うるせぇぞ東堂」と怒鳴った。私が荒北君のノートを取り、机の上に置いたクラス全員分のノートの一番上に置くと、荒北君は「持って行くの手伝う」と言った。私は、首を横に振る。

「いいよ、急いでるんでしょ?」
「でも」
「いいから」

少し強い口調でそう言うと、荒北君は驚きながらありがとう、とお礼を言って、電話をしながら教室を出ていった。「今向かってるよ」と、廊下で怒鳴る荒北君を見ながら、私は唇を噛む。

「持って行かなきゃ」

自分に言い聞かせるようにそう言って、重いノートを持ち上げる。

「荒北がさぁ……」
「あはは、バカー」

教室を出て、職員室に向かう途中、女子生徒とすれ違う。もしかして、あの二人のどちらかが、荒北君の好きな人だったりして、なんて考えて、涙が滲む。

「……見てるだけで、よかったかな」

こんなに、悲しいなら。こんなに、傷つくものだと知っていたなら。友人が、荒北君が言う通り、「見ているだけで」。部活、受験、全部終わったら告白しようとしてたのに、全部終わらないうちに、私の恋が終わってしまった。

「あ、濡らしちゃった……」

ポタリ、と一番上に置いた荒北君のノートに、涙が落ちる。「荒北」の文字が、じわり、と滲んだ。


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2015/12/30

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