!雨の日の幽霊 ※ヒロインは幽霊。仗助達は高校3年生。 朝から雨が降っていて、道が滑りやすいから気を付けて、と母に言われた。委員会があっていつもより帰る時間が遅くなった。校舎から出るとき、学年主任の先生に暗いから道に気を付けろ、と注意された。早く帰ろうと少し小走りで帰っていた。交差点に差し掛かり、水溜まりに足を捕られて転んでしまった。次の瞬間、眩しさで目がくらんで、そして、真っ暗になった。思い出すのはそれだけ。ずっと、そのことだけを考えて、頭に浮かぶ度に、心が重くなる。 「おはよう、仗助君!」 「おー、康一」 道行く学生が羨ましい。同時に妬ましくも思う。私も、ああやって過ごしていたはずなのに。朝は友達と挨拶を交わして、帰りはどこかに寄り道したりして。あぁ、羨ましい。憎たらしい。 「億泰君は?」 「風邪引いたんだってよ」 「そっかぁ…昨日、帰りに急に降ったもんね。仗助君は大丈夫?」 「おう、ちょっと受験用の参考書が濡れたが…大した問題じゃあねぇし…そういや、康一は由花子と帰ってたよな?相合い傘でよぉー」 「うわっ、見てたの!?由花子さんが折り畳み傘持ってて…って、それはいいんだよ!それより…」 そうだ、好きな人がいた。隣のクラスの、窓際の席の男の子。もう顔も名前も思い出せないけれど、もしかしたら私の気持ちが実って、相合い傘で帰ったりしていたかもしれない。さっき歩いていった大学生らしきカップルみたいに、手を繋いだりして。 「仗助君、雨の日に出る幽霊の話、知ってる?」 「ん?あぁ…」 『……?』 見られた、気がした。背の高いリーゼントの学生が一瞬だけ、目線をこちらに向けたように見えた。 「2年前に交通事故にあった女子高生が出るって…前は信じてなかったけど、鈴美さんの事があるからさぁ、信じるようになって来て」 「確かにあん時はビビったよなぁ」 「やっぱり、いるのかなぁ」 「…そうかもな」 まただ。今度は隣の背の低い学生もその視線の動きに気付いたようで、こちらを振り向くが首を傾げて向き直った。彼には見えていないらしい。信号が青に変わって、彼らはそのまま真っ直ぐ、歩いていった。 たまに、私が見える人がいる。見えていなくても、何となく気づいている人も。そういう人は大抵、見えない振りをして通り過ぎていく。私と目が合っても、すぐに視線を反らして、見なかったことにする。私も彼らに、何も求めない。1日の始まりから終わりまで、ここで通り過ぎて行く人達を眺めながら、あの日を思い出しては普通に過ごす彼らを羨むだけ。 「…あんた、何でここにいるんだよ」 『……』 「ここに居ても、辛いだけだと思うんすけど」 今朝の、リーゼントの学生だ。やはり、私が見えるらしい。彼は何故だか悲しそうな顔をして、私に話しかける。 「雨の日ばっかり、ここにいて…寒くねぇんすか」 『……』 「…なぁ、きっと天国に行った方が幸せなんじゃねぇかな。玲美さんも、成仏する時は幸せそうな顔してたし」 『…寒い』 「話せるのかよ…」 少し驚いた顔をして、私を見る。何でここにいるのかと、最初と同じ事を聞く。答えないでいると彼はため息をついてその場にしゃがみこんだ。 「なんか、ほっとけねぇんすよ。こっちもいろいろあった身だからよ〜…」 『…私がここにいたら、迷惑?』 「迷惑っつーか…そういう人もいるかもしれねぇけど。俺は…あんたに成仏して欲しいんすよ」 『……』 「…あんた、ずっとここ通る人達を見てるだろ。羨ましそうな顔でさ」 『……』 「そういうの、なんか…」 『可哀想?』 彼は何も言わなかった。代わりに、どうしたら成仏するのかと聞かれた。そんなもの知らない、と言うと、彼はまたため息をつく。 『ほっといて…今までのように、見ない振りをしてたらいいじゃない』 「そういうわけにも、いかねぇし…」 『あなたには関係ないことでしょう!?だいたい、成仏して良いことがあるの…っ!?みんな、みんな私の事なんか忘れて、知らないことみたいに…私の存在が消えていくだけじゃない!』 私の中で気持ち悪く渦巻く感情が、抑えきれない程に膨らんでいく。最初は家族も友達も花やお菓子を供えてくれた。事故の当事者も手を合わせに来てくれた。それなのに、もう誰も来ない。私の存在が消えていくだけ。そんなの嫌だ。通り過ぎていく人達が笑い合っているのが羨ましい、妬ましい、憎たらしい! 「…俺が覚えてるから」 『…っ!?』 「それに、あんたの家族や友達も」 『……』 「覚えてるから」 「だから安心しろよ」そのありきたりの言葉に心が軽くなる。寒いと感じていた体が、なんだかあたたかい。 『あ…』 「天国に知り合いがいるんだ、みんな、いいやつらだよ」 『…思い出した…』 「え?」 『…ねぇ、本当に、覚えていてくれる?』 「…あぁ」 『そう…ありがとう…仗助君…』 2年前、私は片想いをしていた。隣のクラスの、窓際の席の男の子。名前は、 ----- 突発的なもの。 ごめんなさい。 2016/05/21 |