Wait a little more

※カラ松事変後

ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴る。スマホで時間を確認すると、もうすぐ日にちが変わる頃だった。一人暮らしを初めてからアパートに訪ねて来る人なんて滅多にいないのに、こんな時間に誰だろう、と首を傾げながら私はのろのろと玄関に向かった。もう一度、チャイムが鳴る。ハイハイ、と心の中で返事をしながら、チェーンロックを掛けたまま玄関のドアを開ける。

「…カラ松?」
「あぁ…こんな遅くにすまない…」

ドアの向こうにいたのは同級生で私の恋人でもある、松野カラ松だった。カラ松は何故かパジャマ姿で、そのパジャマや顔が汚れてボロボロだった。いつもはキリッとしている眉も、今は八の字になって表情も暗い。三男にそっくりだな、と笑いそうになったがどうにか我慢して「何があったの?」とカラ松に聞いた。

「…今は何も聞かないでくれ」
「は…?」
「何も聞かず…ここに俺を泊めてくれ、ハニー!」

バタン、と玄関を閉じた。「えっ」とカラ松の声が聞こえた気がした。いつもならこの時間は兄弟達と仲良く寝ている時間だろうに。喧嘩でもしたんだろう、と私はため息をついてドア越しにカラ松に向かって「兄弟喧嘩に巻き込まれるのは嫌!」と言った。

「ハニー!お願いだ!」
「喧嘩したなら尚更家に帰った方がいいって!」
「い、家には帰れない…!どうしても…俺にはもう、ハニーしかいないんだ!!」

「お願いだ!」と大きな声を出すカラ松。どうやら本当に家に帰りたくないらしい。仕方ない、と私はチェーンロックを外しドアを開けた。

「マイスイートハニー!」
「うるさいっ、もう近所迷惑だから入って」
「サンキュー、ハニー」

カラ松を部屋の中に入れ、「ちょっと待ってて」と玄関で待たせる。部屋は片付いていたっけ、と少し焦る。リビングに取り込んだままの洗濯物を見つけ、急いで無理やりクローゼットに隠した。玄関のカラ松に向かって入っていいよと呼び掛け、散らかったままの化粧品を元の位置に戻した。

「お邪魔します…」
「ここ、座ってて。今飲み物持ってくる」
「あぁ、悪い」

電気ケトルでお湯を沸かし、カラ松と一緒に買ったお揃いのマグカップにインスタントコーヒーを入れる。それをテーブルまで持って行き、私はカラ松の隣に座った。何があったの、と聞くとカラ松は少し黙って、ゆっくりと話し出した。

「それは、同情する」

カラ松の話を聞いたあと、私の口からはそれしか言えなかった。話終わったカラ松はちょっと涙目になっている。相変わらずカラ松には冷たい兄弟達だなぁ、と思いながら私は沸いたお湯をマグカップに注いだ。

「確かに酷いとは思うけどさ、あんた達六つ子って基本的に仲良いじゃん!だからさ、そんなに気に病む事ないよ」
「…なまえ」
「喧嘩したって次の日には仲直りしてたでしょ、いつも」
「あぁ…そうだな」

頷いて、カラ松はマグカップを手に取りコーヒーをすすった。あちっ、苦っ、と言っているのを見て私がクスクスと笑うと、カラ松も微笑んだ。砂糖とミルクを入れ、一緒にコーヒーをゆっくりと飲み干す。空になったマグカップを流しに持って行き、それから私はスマホのトークアプリを開いた。

「なまえ」
「何?」
「君に話してよかった…俺の傷ついたハートは君によって癒されたんだ…ありがとう、ハニー」

カラ松の隣に戻った私に、カラ松がそう言ってウインクをする。普通にありがとうだけでいいのに、と心の中で呟き、どういたしましてと言っておいた。

「ね…カラ松」
「何だ?」
「あのね…泊まるのはいいんだけど、その」
「あぁ、気を遣わなくていい。朝からおでんしか食べていないから腹は減っているが、今日はもう…」
「うち、布団なくて、ベッドしかないから…」

そこまで言うと、カラ松がカチッと音がしたかのように動きを止める。しばらくして動いたかと思うと、ぎこちない動きで「い、いや…」と裏返った声を出す。

「俺は、床でこのまま…」
「…私と、一緒じゃ嫌?」
「えっ」
「…同じベッドで、寝よう?」

カラ松の正座をした太ももに手を乗せる。恐る恐る、と言った様子でカラ松の手が私の手に重なる…と、同時に、玄関のチャイムがピンポンと鳴った。その音に驚いたのか、カラ松は体を震わせ私の手から自分の手を離した。

「来たみたい」
「え…だ、誰が」
「お迎え」

そんな会話をしている最中にも、ずっとチャイムが鳴っている。終いには直接ドアを叩く音すら聞こえて来た。玄関に一人向かうと、ドア越しに声が聞こえてくる。全く、近所迷惑な兄弟達だと悪態をつきながら、玄関のドアを勢いよく開けた。

「あっ!なまえ!カラ松は!?」
「リビングにいるよ」
「あの野郎…!俺達を差し置いてお泊まりたぁ良い度胸じゃねぇか!」
「カラ松兄さんにだけは先越されたくない!あっ、なまえちゃん部屋着可愛いね、女の子らしくてさぁ」
「おいトッティ!人の彼女ナンパすんな!それよりカラ松だ!」

ドアを開けた途端、雪崩のように五人の同じ顔がこれまた同じパジャマ姿で乗り込んでくる。どうやら私がトド松に送ったメッセージは全員読んだらしい。十四松が金属バットを持っていた気がするが、カラ松は大丈夫だろうか。

「ねぇ、顔赤いけど」
「へっ!?」
「まさか、もう…だとしたらカラ松、死んでもらうけど」
「ちょっと待ってよ一松!誤解だから!」
「ふうん…まぁ、そうだよね。じゃなかったら、トッティにカラ松が童貞卒業するかも、なんて送らないよね?」
「…いつかは、卒業するでしょ?」

私の言葉に、一松は「やっぱり殴ってこよ」と兄弟喧嘩がうるさく聞こえるリビングに向かっていった。一松に指摘された顔を両手で覆って、ズルズルと床に座り込む。トド松に送ったメッセージで兄弟達が来るだろうと踏んでいたけれど、自分から誘ったくせに、やっぱりまだ覚悟がないなんてカラ松に失礼な話だ。心臓がドキドキとうるさい。もし、兄弟達が来なかったらを想像してまた熱が上がる。

「じゃ、なまえ、おやすみ〜」
「これは引き取ってくから」
「なまえちゃん、またね!おやすみ!」
「あ、あぁ…!マイハニー…!」

来たときよりもボロボロになったカラ松が兄弟達に引きずられてくる。私に手を伸ばし、助けて、と涙を流す。ごめんね、カラ松。

「兄弟喧嘩が終わったら、また来てね」

それまで覚悟は決めておくから。


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次男好き過ぎる…

2016/01/17

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