田所迅は焦っていた。何度も自分の財布の中を確認し、その度にため息をつく。大きな体を丸ませ頭を抱え、どうしよう、と考える。明日は田所の彼女の誕生日。田所はすっかり忘れてしまっていて、前日の今日、彼女自身に「明日は誕生日だから」と言われ気づいたのだった。覚えている、と嘘をつき、内心焦りながら、部活の後にプレゼントを買いに行こうと考えていた。しかし、部活の後、部室で財布の中身を確認したところ、財布の中には、たった120円しか入っていなかった。ギリギリジュースが一本買えるくらいのお金でプレゼントは買えないだろう。どうしたもんか、と田所はまたため息をついた。

「田所、そろそろ部室閉めるぞ」
「あぁ・・・」

主将である金城に声を掛けられ、田所は鞄と財布を持って部室から出る。部室に鍵をかける金城を見ながら、ふと、金城ならどうするだろう、と思った。もし、彼女の誕生日前日に財布の中身が120円しかなかったら。しかし、しっかり者の金城なら自分の彼女の誕生日を忘れたりはしないだろう。むしろ、数日前からきちんと用意していそうだ。他のやつはどうだろう、と帰ろうと前を歩いている部員たちを見渡す。巻島は金持ちだから論外、今泉も同じ理由で論外だ。二年もしっかりしている奴らばかりだし、小野田も抜けているところはあるが、ガチャポンをするために秋葉原まで自転車で行くような奴だ、金がないというようなことにはならなそうだ。

「何首傾げてんすか、おっさん!」

部員一人一人を見ながら考えていると、鳴子が笑いながら話しかけてくる。田所は鳴子を見ながら、こいつだ、と思った。鳴子はたまに部室でも金がない、と今泉に奢れと騒いでいた事を思いだし、田所は鳴子を引き寄せ顔を近付ける。

「なんや、おっさん!きしょいわ!」
「ちょっと、耳貸せって・・・鳴子、お前、もし誰かの誕生日に、金がなくてプレゼント買えなかったら、どうする?」
「はぁ?なんすか、それ・・・」
「いいから、どうする?」

田所の質問に鳴子は腕を組み、う〜んと唸る。それから「気持ちだけあげますわ!」と豪快に笑った。

「金がないのはしゃーないすからね!カッカッカ!」
「・・・彼女の場合でもそうするか?」
「彼女?」
「それでフラれたらどうすんだよお前」
「あ、あー・・・それは・・・って、こんな質問してどうするんすか、おっさん!どうせ彼女なんかいないくせに!」
「いるっショ、彼女」

鳴子が田所に大声でそう言うと、それを聞いていた巻島が二人の横を通りながら呟いた。鳴子が一瞬巻島を見ながら固まり、田所のほうにゆっくりと視線をずらす。田所は黙ったまま鳴子に背を向け、逃げるように早足で歩き出した。後ろから鳴子の声が聞こえる。巻島の横に並び、田所は「余計な事を言うな」と巻島に言った。結局解決していないし、後輩に彼女の存在がバレるわで、散々だ、と田所はまたため息をつく。

「明日、誕生日っショ?」
「あぁ・・・プレゼント買ってねぇんだ」
「鳴子に聞くのは間違ってるショ」
「じゃあ、お前ならどうすんだよ」
「俺に聞くのも、間違ってる」

鳴子も巻島も、いいアイデアは出してくれなかった。田所は、120円では何も買えない、と結局真っ直ぐ家に帰ってきていた。家に帰ってからも、プレゼントをどうするか悩んでいた。来月の小遣いを前借りするという手もあるが、その分来月がキツくなる。それに、今さら遅い。大体、彼女の誕生日が月末にあるのが悪い、と田所は責任転嫁し始めた。そういえば、去年は何をあげたんだったか、と去年の事を思い出す。確か去年も金がなくて、同じように困っていたはずだ。去年はまだ付き合いたてで、初めて彼女としてプレゼントをあげるということに戸惑っていた。それまでは友達として催促されて、適当に自販機で買ったジュース等をあげていたのに、急にそんな関係になったもんだから、かなり焦っていた気がする。田所は舌打ちをして、布団に寝転がる。もういい、と考えることを放棄して、眠りについた。


「田所っち、おはよう!」
「おう」

彼女の誕生日当日。田所の彼女の輝は、毎日、教室に入ると真っ先に田所に声を掛けてくる。それから鞄を机に置いて、友人達と談笑するのだが、今日は田所が引き留めた。田所が言葉に詰まっていると、輝がどうしたの、と首を傾げる。

「昼飯、今日は・・・一緒に食うか」
「うんっ!」

田所の言葉に、輝は嬉しそうに笑った。それから輝は友人に呼ばれ、そちらに走っていった。田所は静かにため息をついた。今、「おめでとう」と言うべきだったのか、と考えたが、昼休みでいいか、と考え直す。プレゼントのことを思い出すと、田所は少し憂鬱だった。ギリギリで用意はしたものの、喜んでくれるかわからない。正直に言って謝るしかないか、と田所はどこか諦めたようにまたため息をついた。

昼休みになり、田所の席に輝が駆け寄ってくる。輝はいつも学食で食べるため、田所にも学食で食べようと声をかけた。

「中庭行こうぜ、お前の分の飯もあるからよ」
「え?」

どういうこと、という輝の質問には答えず、田所は自分の鞄を持ち、教室を出ていく。慌てて輝は田所の後についていき、二人は中庭へ向かった。中庭のベンチに腰掛け、田所は鞄から大きな包みと小さな包みを取り出す。大きな包みは自分の昼飯、自家製のスペシャルサンドだった。田所は小さな包みを輝に差し出す。

「え?」
「誕生日、おめでとう」
「・・・これ、何?」
「パンだよ、うちの。プレゼントがこんなんで悪いけど・・・俺が作ったやつだ」

プレゼントのことが気がかりで、あまり眠れなかった。いつもより早起きしたせいで、時間があった。仕込みをしている親に気付き、これならプレゼントになるかもしれない、と手伝ったのだ。ついでに手伝った分の小遣いも入るし、田所にとっては一石二鳥だった。しかし、これでは喜ばないだろうと思っていた田所は、輝に「ちゃんとしたプレゼントが用意出来なくて悪い」と謝った。

「来年はちゃんとしたもん買うからよ・・・今年はこれで」
「ううん、嬉しい」
「ほ、本当か?」
「だって、田所っちが作ってくれたんだもん」

嬉しくないはずないよ、と輝は微笑んだ。それから包みを開けて、パンを一口食べる。

「美味しい」
「・・・そうか」
「世界一、美味しいよ」

そう言って嬉しそうに食べる輝を見ながら、大袈裟だ、と田所は呟いて、自分のパンにかぶりついた。

「去年、何をくれたか覚えてる?」
「あ?」
「覚えてないでしょ。あのね、去年も田所パンのものだったんだよ」
「・・・あ」
「思い出した?」

そうだ、と田所はパンを食べながら思い出す。去年も同じように困って、結局店のジャムをあげた。輝が前々から美味しいと言っていたから、喜ぶかもしれないと思い、持っていったのだ。

「悪いな、なんか」
「あはは!大丈夫だよ、田所っちが金欠なのは前から知ってるし!」
「・・・」
「それに、このパンには気持ちが込もってるでしょ!」

毎年これでいいよ、と輝が笑う。いいのかよ、と思いながらも、田所は来年こそ誕生日に相応しいプレゼントをあげようと密かに決意した。


-----
誕生日前日120円


2014/10/09 宙


prev next

bkm
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -