12:上機嫌

荒北君に、映画に誘われた。福富君に映画のチケットを貰ったらしい。荒北君と休みの日に会うのは初めてだ。もう三年の付き合いになるのに、初めてだなんて、と少し可笑しくて笑みが漏れる。今まで学校が休みでも荒北君は部活があったから、一緒に出掛けたくても出来なかった。今度の週末は部活も休みだと荒北君が言っていた。とは言え、それは三年生だけで、一年生と二年生の部員は部活らしかった。三年生は、もうすぐ引退らしい。インターハイが終わり、すぐに引退なのかと思っていたけれど、次の主将を決めたり、後輩の指導など、引き継ぎの仕事があるようだった。月末に行うファンライドで三年生は引退だ、と荒北君に聞いた。少しだけ寂しそうな顔をして、部活がないと楽になるな、と言っていた。

「好川先輩」

「え、あ・・・えっと、自転車部の」

「泉田です。こっちは黒田」

「どもっす」

廊下で呼び止められ、顔を上げると、自転車部の人達だった。こんにちは、と挨拶をされ、同じように返す。じりじりと、後ろに下がりながら。そんな私の様子に気付いたのか、泉田君があ、と声を上げた。

「すみません、忘れてました・・・ユキ、もう少し下がって」

「ハァ?」

「好川先輩は男性恐怖症なんだ」

「そ、そこまでじゃないよ・・・苦手なだけで、でも、もう少しだけ、下がってくれたら」

泉田君ははい、と返事をして、横に並んでいた黒田君を一緒に後ろに下がらせる。これくらいで大丈夫ですか、と泉田君が聞く。十分な距離だった。ホッと胸を撫で下ろして、泉田君に大丈夫、と告げる。

「好川先輩、それ、半分持ちましょうか?」

「え・・・」

「重そうなので」

泉田君が私の持っているノートを指差す。職員室に持って行く途中のこのノートは、英語と数学のノート、クラス分だ。泉田君が言う通り、確かに重かったし、高さもあり、少しフラフラしていたのだ。ありがたい申し出だったが、近づくのが怖い。泉田君は、優しい、いい人だ。以前も荒北君と一緒だった時に話したことがある。ただ、ガタイが良いせいか、あまり近づけなかった。横の黒田君は、よく知らない。荒北君と話しているのを、見かけたことがあるくらいだ。私が迷っていると、黒田君の方がめんどくさそうにため息をつき、私に近づく。泉田君が止めようとしているが、黒田君はお構いなしに、こちらに歩いて、手を伸ばす。じり、と後ろに下がると、先輩、と声をかけられた。

「貸してください、持ちます」

「あ・・・」

おずおずと、ノートを持った手を伸ばし、黒田君に差し出す。黒田君は半分程持ち、駆け寄って来た泉田君に渡す。それから、私の手に残ったもう半分を、自分で持った。

「遠慮しないで最初から頷いてればいいんすよ、俺達後輩だし、男なんですから」

「ご、ごめんなさい」

「何で謝るんですか」

「ユキ!」

泉田君が縮こまっている私を見かね、黒田君を制す。職員室でいいですか、と泉田君が言い、それに頷くと二人は私の前を歩き出した。少し距離をとり、二人の後に続く。

「あの、二人は・・・」

前を歩く二人に声をかける。足を止めずに二人はこちらを振り返った。泉田君が首を傾げ、黒田君が何ですか、と私に聞く。

「えっと、部活・・・行かなくていいのかなって」

「今日はミーティングなんです、いつもより少し始まるのが遅いので」

「え」

泉田君の言葉に足を止める。私は首を傾げ、泉田君と黒田君を見る。泉田君がどうしたんですか、と足を止めこちらを向いた。

「荒北君、もう部活行ったよ」

「荒北さんが?」

「うん・・・」

今日は早目に部活に行くから、と荒北君は言っていた。手伝えなくてごめんね、と私に謝って、教室を出ていった。泉田君との話とは、まるで反対。

「あぁ、そういえば荒北さん、昨日メカニックの先輩と話してたから、自転車の調整でもするんじゃねぇか」

「なるほど、それで早目に部活に行ったのか」

「調整?」

「はい、三年生は月末のファンライドで引退ですから、準備をしてるのかもしれません」

「あ、聞いたよ、部員全員で走るんだよね」

泉田君が笑顔で頷く。僕たちも負けないように頑張らないと、と言いながらまた歩き出す。黒田君が泉田君にそうだな、と声をかけていた。職員室に着き、二人が先生の机までノートを運んでくれた。ありがとう、とお礼を言うと、どういたしまして、と泉田君が笑う。黒田君はペコリと小さく頭を下げた。部活に行く、という二人にもう一度お礼を言い、教室に戻る。

「あ、そうだ、好川先輩!」

「え?」

泉田君に呼び止められ、振り向く。

「好川先輩も、見に来てください、ファンライド」

きっと荒北さんも喜びますから、と言う泉田君にありがとう、と軽く手を振った。


12:上機嫌



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2014/08/04 宙


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