7 菅原が教室に来ていた。東峰君の机の前で何か話している。私は友人の席から彼らをじっと見ていた。何を話しているのか、なんてわかっている。東峰君が、バレー部に戻るか否か。菅原はきっと東峰君を説得に来たのだろう。 「東峰ー、進路相談」 クラスメイトの声で東峰君が席を立つ。そのまま東峰君は教室を出た。私は友人にごめん、と謝って菅原に声をかけようとした時、菅原が東峰君を追った。 「待てよ、旭!」 「あっ、菅原!」 教室を出る菅原を追って、私も教室を出る。けれど菅原はすぐに立ち止まり、私は止まりきれず菅原の背中に突っ込み、鼻をぶつけた。 「わ、ごめん、円・・・てか、お前らこんなとこで何してんの?」 東峰君の前に二人、黒髪の背の高い男の子と小さい男の子がいた。菅原がこの前入った一年、と東峰君に説明する。そういえば、この前の試合でスパイク打ってたっけ。近くで見るとコートにいる時とは何だか違って見える。男子高校生らしい、というか。 「がんばれよ」 東峰君が小さい方の男の子に声をかけた。その一年生が、不思議そうに東峰君を見る。 「一緒に頑張らないんですかっ?」 純粋に、そう思ったのだろう。きっと彼も私と同じように東峰君がバレー部に戻らない理由を知らない。東峰君は彼の言葉に動揺して、彼の「エース」という言葉にびくついた。 「俺は、エースじゃないよ」 そう言って東峰君は私達に背を向けた。東峰君、と私が呼んでも、振り返らなかった。菅原が東峰君の後ろ姿を見ながら、ぎゅっと拳を握っていた。 「・・・エースなの?東峰君」 「うん。俺らの大黒柱だ」 「あの、怪我か何かですか?」 黒髪の一年生が菅原に聞く。菅原は首を振って私と彼らに東峰がバレー部に戻らない理由を説明してくれた。バレーを知らない私にはブロックで止められる辛さもエースの重圧もわからない。けれど、東峰君が苦しんでいるのはわかる。それから、菅原も。 「あ、お前ら!急がないと部活遅れるぞ!」 「あ、はいっ!」 「・・・」 「円、ごめん!俺も部活・・・」 「菅原さ、東峰君が、バレーを嫌いになっちゃったかもって言ってたけど」 「・・・」 「きっと、嫌いになんかなってないよ。・・・ううん、絶対に!嫌いじゃない!」 私は菅原に強くそう言った。菅原は少し驚いた顔をして、それから頷いた。ありがとう、と言って関係ないのに涙目になる私の頭に手をポン、と乗せ、自分の教室に戻っていった。 「あれ、北見さん」 「東峰君」 「まだ残ってたの?進路相談だっけ?」 「ううん、東峰君を待ってた」 教室に戻ってきた東峰君にそう言うと東峰君はえっ、とたじろいだ。私は東峰君に向かって買っておいた紙パックのジュースを差しだす。東峰君が首を傾げながらそれを受け取り、私は東峰君に座るように促した。 「えっと、北見さん・・・?」 「まぁ飲んで飲んで」 「何で居酒屋みたいになってるの・・・」 「あははっ」 「・・・スガに、何か聞いた?」 東峰君がジュースにストローを刺しながら私に聞く。私は黙ったまま頷いた。 「そっか」 「別にね、話を聞いたから東峰君のこと励ますとか、慰めるとか、そういう話をしようっていうんじゃないの」 「・・・」 「勝手な事、言うね?」 私は手に持っていたジュースを机に置き、東峰君を真正面から見つめる。東峰君は動揺しながら、不安そうな表情をして私を見る。 「私は、東峰君がバレーをしているところが、見たい」 「え・・・」 「バレー部に見学に行った時、皆すごく楽しそうだったし、本気だった・・・東峰君も、バレーしている時はあんなふうなのかなって、見たいなって」 「でも、俺が戻ってもチームの足を引っ張るだけで、だから」 「だって!」 ガタン、と勢い良く立ち上がると、座っていた椅子が倒れた。私は東峰君を睨みながら、声を大きくする。 「東峰君寂しそうだもん!バレーしたいって、顔に書いてあるもん!」 「っ・・・!」 「戻れないとか、関係ないよ!戻りたいんでしょ!?」 机を挟んで東峰君に詰め寄る。東峰君は私から顔を逸らして眉間にシワを寄せている。いつか見た、あの怖い顔だった。 「北見さんには、関係ないだろ・・・」 「・・・そう、だね」 静かにそう言った東峰君から私は距離を取り、自分の鞄を掴んだ。東峰君に背を向けると「北見さん!」と東峰君の焦った声が聞こえた。椅子から立ち上がる音が聞こえて私はその場に立ち止まる。振り返ると東峰君がビクッとして、私と同じように立ち止まる。 「東峰君の・・・へなちょこ!」 大きな声でそう言って、私は走って教室から逃げ出した。 next ----- 2014/05/11 宙 |