6 職員室から教室に戻ると、東峰君が一人席に座っていた。放課後になってからもうずいぶん時間が経っている。東峰君は何をするでもなく、ただぼんやりと座っていた。私が声をかけると、東峰君はビクッと肩を震わせこちらを向き、北見さん、と私の名前を呼んだ。 「何してるの」 「あ・・・日直で、日誌を」 「書き終わった?」 「うん・・・」 東峰君の机の上には日誌が閉じたまま置いてあった。きっとずいぶん前に書き終わっていたはずだ。なのに提出もせず、彼はずっと教室にいた。どうしたの、と聞くことが出来ず、私は黙ったまま東峰君の前に座った。 「北見さんは?また先生の手伝い?」 「ううん、社会のレポート、放課後までだったでしょ?私すっかり忘れてて・・・今まで図書室で資料とにらめっこだったの」 「終わった?」 「うん。提出してきたところ」 お疲れ様、と東峰君が私に言って机の上の日誌を取った。俺も提出しなきゃ、と鞄を掴み立ち上がろうとする。 「土曜日にね、バレー部見学したんだ」 「え・・・見学?」 「うん。用事があって学校に行ったんだけど、時間もて余しちゃって」 一年生同士の試合してたよ、と東峰君に話すと、彼はあぁ、と頷いて座り直す。もうそんな時期か、と呟いて、窓の外を見る。つられて窓を見ると、もう空がオレンジから少し暗くなっていた。 「毎年やってるんだ、一年がどんな感じか見る為に・・・そっか、一年が、もう」 「サボりも程々にしないと、一年生に示しがつかないぞ!」 「ハハッ、そうだな」 「それに、あんなに美人なマネージャーがいるんだからさ!」 「清水のこと?」 「そう!すっごい美人!廊下ですれ違った事あるけど・・・バレー部のマネだったんだね」 羨ましい、と言うと東峰君は「北見さんは帰宅部じゃん」と言って笑う。東峰君の笑顔に私はホッとして、一緒に笑った。 「なんか、凄かったよ。一年生の、スパイクとか」 「へぇ」 「私、バレー良く知らないんだけど・・・引き込まれちゃった!」 「そっか」 「近くで見たら迫力もあって・・・」 東峰君は私を見ながら相槌を打って話を聞く。先程とは違う、少し寂しそうな笑顔で。何も言わない東峰君に私は何故か焦って、変な冗談を言いながらわざと明るく大袈裟に話す。 「スパイク打つ音ってすごいね!バシッてさ!皆本気だし!」 「うん」 「いいよね!青春って感じだった!」 「・・・」 「それで、その」 何を言えばいいのかわからず、私は口ごもる。東峰君はやっぱり寂しそうで、さっきの笑顔にはなってくれない。そんな顔しないで、と心の中で呟いた。 「・・・っ」 「北見さん?」 「バレー部の、皆・・・すごく、楽しそうだったから・・・」 私は一度視線を下げて少し黙った。それから恐る恐る東峰君を見て、口を開く。 「東峰君も、そうなのかなって」 「・・・っ」 「東峰君がバレーしてるところ、見たいなって・・・思った」 「・・・」 「ごめん!余計なことっ、」 「北見さん」 東峰君が私の名前を呼ぶ。ハッとして私は口をつぐんだ。東峰君はまた寂しそうな笑顔で、ありがとう、と私に言った。 「・・・私、お礼言われるようなこと、してない」 「うん」 「してないよ・・・」 何があったかなんて知らない。でも、私は東峰君が部活に行かず帰るわけでもなく、こうして教室にいることが、戻りたいと言っているようにしか思えなかった。 next ----- 2014/05/09 宙 |