ほったらかし 烏養繋心は、上機嫌だった。何でも、コーチをしている烏野高校のバレー部の部員が自分から彼の元にアドバイスを求めに来ていたらしい。そんなことで何故上機嫌になるのか。そう本人に聞くとその部員の事を細かく教えてくれた。コーチを引き受けてから、バレーの話ばかりだ。バレーの話、と言うよりもバレー部の話、といった方が正しい。おかげで彼女である私はほったらかし。元々ほったらかされていた気もするが、最近はそれが増している。バレー部の合宿とやらで全く会えないというのに、会える、という時は他の同級生も一緒の飲み会。全く恋人らしくない、とまるで学生だった頃のようにバレーに嫉妬してしまっている。そんな人の気も知らないで、彼は今も春高校がどうたらこうたらと同級生達と話していた。 「・・・」 「なぁ、なまえちゃんマズくねぇか?」 「繋心と一緒に来た時から不機嫌だったよな・・・」 繋心がトイレに立った時、同級生である嶋田君と滝ノ上君がこそっと二人でそう話すのが聞こえた。私はジョッキに入った生ビールを飲み干し机に勢い良く置く。向かい側の二人を睨むと二人がビクッと肩を揺らしていた。嶋田君が恐る恐る私にどうしたのかと事情を聞く。どうもこうもない、と言って大きな声で生ビールをもう一杯注文した。 「なまえ、あんま飲めないんだからさ・・・」 「いいの!今日は飲む!」 「繋心とケンカ・・・って訳でもないよな?」 「・・・違うよ、ただ、繋心が」 「?」 理由を繋心に話せば、もしかしたらケンカになるかもしれないけれど、今は私が一人イラついているだけ。大体、烏野バレー部のコーチをやることも、嶋田君から聞いた。合宿の話も、滝ノ上君が先に教えてくれた。繋心が私に話したのは、合宿に行く前日だった。前々から思っていたが、繋心は私を彼女だと思っているのだろうか。長く付き合い過ぎてもはや空気となっている気がする。 「う・・・腹立って来た」 「ちょっと落ち着こう、な?ほら水でも飲んで・・・」 「生ビールおまたせ!」 「おやっさんタイミング!」 「繋心のバカ野郎おおお!!」 生ビールを一気に飲もうとした時、ガシ、と頭を上から掴まれた。少し力を入れられて、痛い、と言うと繋心が私の顔を覗き込んで「バカで悪かったな」と凶悪な顔で呟いた。ゲッ、と漏らすと繋心はため息をついて私の手から生ビールの入ったジョッキを奪った。飲めないくせに、と軽く頭を小突かれ、私が飲むはずだった生ビールは繋心の口の中に入っていった。 「おやっさん、ウーロン茶」 「ちょっと繋心!私の生ビール!」 「ダメだ、お前顔真っ赤だぞ。これ以上飲むと意識飛ぶ」 「飛ばない!」 「そう言って前も記憶なくなってただろ」 繋心にそう言われ返す言葉を無くす。滝ノ上君がまあまあ、と言いながらおやっさんが持ってきたウーロン茶を私に渡す。仕方なくウーロン茶を受け取り、ちびちびと飲んだ。 「で?何の話だよ?」 「何が」 「俺の事、大声でバカ野郎って言ってたじゃねぇか!」 「空耳じゃなぁい?」 「あぁ?」 睨み合う私達を見て、嶋田君と滝ノ上君がため息をつく。痴話喧嘩は他所でやって、と嶋田君が虫でも払うかのように手を振った。繋心が自分の腕時計を確認して、こんな時間か、と呟いた。私もつられて時計を確認する。まだ23時過ぎだ。こんな時間、と言うには早い気がして、繋心を引き留める。 「いいじゃん、まだ」 「バーカ、あんまり遅くなると危ねぇだろ?」 「・・・繋心を襲う人はいないと思うよ?」 私の言葉に嶋田君と滝ノ上君が吹き出す。首を傾げると繋心がお前の事だ、と 怒った。帰るぞ、と手首を掴まれ引っ張られる。振り向くと嶋田君と滝ノ上君が笑いながら手を振っていた。 「ったく、いらん恥をかいたぜ・・・」 「繋心」 「あ?」 「・・・別に、繋心が送ってくれなくてもさ、嶋田君と滝ノ上君が・・・」 「・・・んだよ、俺じゃ不満か」 「そうじゃなくて・・・実は繋心の家と反対方向だったりするじゃん、私の家」 繋心はあっちでしょ、と振り返り来た道を指差す。繋心はまぁな、と呟き、私の手を引きながら歩き出した。少し突っぱねた言い方でバレー部の指導で疲れてるんでしょ、と言ってしまった。繋心は気づいていないのか、ちょっとだけな、と答えた。 「・・・何だっけ、変な速攻使うっていう二人」 「日向と影山。お前も見に来いよ、今度の代表戦」 「店があるから」 「大丈夫だろ!お袋さんや親父さんがいりゃ」 お前にも見て欲しいからな、と上機嫌だで繋心は言う。不意の満面の笑みは、卑怯だと思う。私はその見て欲しいチームに嫉妬しているというのに、そんな顔をされたら、仕方ないって許してしまいそうだ。 「あのさぁ・・・さっきの話だけど」 「ん?何だっけ」 「だから、繋心のバカ野郎って話」 そう言いながら足を止めると、繋心は私の少し手前で止まる。振り向いて、自分から蒸し返すのかよ、と苦笑いをしていた。だって、やっぱり知って欲しくて、と私は心の中で呟いた。 「なまえにバカなんて言われるの、慣れてるしな」 「・・・ダメじゃん、それ」 「ハハッ!」 「あのね、繋心・・・私、」 「ん?」 「・・・」 いざ言葉にするとなると、何を言えばいいかわからなかった。少しだけ繋心に近づいて、彼の服の裾を空いてる手で摘まんだ。繋いでいる手に力を入れる。繋心、と名前を呼ぼうと顔をあげると、唇が塞がれた。突然のキスに目をつむることも忘れていた。 「悪いな、構ってやれなくて」 「・・・繋心、気付いてたの?」 「いやぁ・・・正直、今気付いた」 昔からなまえは構って欲しいと裾を掴むからな、と繋心が笑った。自分でも気付いていなかった癖を見抜かれていた事に急に恥ずかしくなる。摘まんでいた裾から手を放して笑っている繋心を軽く叩いた。悪い、と笑いながら謝られ、心がこもってない、と文句を言ってやった。 「構って欲しいならそう言えよ」 「ケンカになるかもって、言えなかったの!バレー部のコーチ、忙しいだろうし・・・町内会の練習にも参加してなくて、家に行ったら作戦とか、考えるし!」 「・・・悪かった」 「高校生に嫉妬するなんて、バカだなって、自分でも思ったし・・・!」 「なまえ」 「繋心は私なんか・・・っ」 繋いだ手を強引に引き寄せられて腰を抱かれ2回目のキスをされた。さっきよりも長くて、少し乱暴で、息が苦しい。ゆっくり繋心が離れる。でも、まだ距離は近い。低い声で名前を呼ばれ、静かにしろ、と怒られた。 「近所迷惑」 「こ、こんなとこでキスするのも、どうかと思う」 「お前が、止まらないからだろ」 「・・・っ!」 「で?私なんか、なんだよ?」 繋心が私を抱き締める。あぁ、何だか涙が出てきた。ほったらかしで、私の気持ちに鈍感だと思っていたのに、ずるいよ。 「私のこと、ちゃんと好き?」 「あぁ、好きだ」 だから泣くな、と涙を拭ってくれた。もう一度手を繋ぎ、繋心の横を歩く。繋心が足を止め、少し視線を逸らしてやっぱり俺の家に泊まっていくか?と誘う。私は頷いて、二人で来た道を戻った。 end ----- 烏養くん可愛い。 2014/09/02 宙 |