巻島 ※卒業何年か後の話。東堂がプロロードレーサー。 家に帰ると同居人が珍しく楽しそうに電話をしていた。私はヘッドフォンを外し、邪魔をしないよう静かにドアを閉め、出来るだけ音を立てないように荷物を床に置いた。彼は私に気づいていないのか、背を向けたままだ。ゆっくりソファーに座り、彼を見る。どうやら自転車の話をしているらしい。最近は忙しくて乗っていない、と電話の相手に話している。もしかして彼の友人のプロのロードレーサーだろうか。高校時代にインターハイで戦った、名前は、確か 「もう切るっショ、東堂。同居人も帰って来てんだ」 そうだ、東堂だった。前にテレビでも見たことがある。ナルシストな感じだったけど、なかなかかっこよかった。彼が私の方を振り返り、じゃあな、と言って携帯電話を耳から離した。おかえり、と私の横に座る。 「気づいてたんだね、帰って来たの」 「あぁ」 「電話、楽しそうだったから気づいてないのかなって」 「別に楽しくなんかないっショ・・・」 彼、祐介はそう言いながらも口元は笑っていた。どこ行ってた、と聞かれスーパーと答えると祐介は先程とうって変わって眉間にシワを寄せ私を見る。何、と聞くと祐介は立ち上がって私が床に置いたスーパーで買ってきた荷物をごそごそ漁り出した。 「また余計なもん買ってるっショ!」 「買ってないよ」 「これとか!何この色とりどりのグミは!それによくわかんねぇ缶詰・・・」 「外国って初めてだから、珍しくてね」 「グミは珍しくないっショ!?」 日本のはこんなに色がついてないよ、と言うと祐介はため息をついて肩を落とした。恋人の祐介のところに来たのはつい最近。それまで日本から出たことのない私は全ての物が新鮮で、珍しくて、最近は買い物が趣味になっている。祐介には無駄遣い、と怒られるが、無駄にはしてない、と屁理屈を言って出掛ける度に何か珍しいものを買っている。まぁ、何回か日本でも売ってる、と祐介に言われたものもあるのだが。 「食べようか、グミ」 「いらねぇ」 「えー。あ、そういえばフィッシュアンドなんちゃらって本当に不味いの?日本のテレビで不味いって」 「今度食ってみればいいだろ・・・あぁ、そうだ」 祐介がソファーに戻ってきて「今度東堂がこっちに来る」と私に言った。こっちで行われるレースに出るらしい。 「やっぱりさっきの電話、東堂さんだったんだ」 「あぁ、自転車乗ってないって言ったら怒られたっショ」 「お仕事重なってたからね、巻ちゃん」 昔のように巻ちゃん、と呼ぶと祐介は一瞬キョトンとして、ニヤリと笑った。 「なんショ、なまえ」 「ふふ、まーきちゃん」 そう呼びながら祐介の腰に抱きつく。お腹に顔を埋めるとくすぐったそうに祐介が「やめるっショ!」と私を押し退けようとする。 「なまえ、こら」 「東堂さん来ると巻ちゃんとられちゃうからなー」 「気持ちの悪い事言うなっショ」 「だってそうじゃん。電話もなんか楽しそうだし」 頬を膨らませれば祐介が笑う。そういえば昔はよく電話のかかってくる東堂さんに嫉妬してたっけ。東堂さんのほうが彼女みたい、なんて思って。懐かしいな。 「クハッ、昔も同じ事言ってたっショ」 「今は嫉妬なんてしてないもん」 「どうだか」 祐介の顔が近づく。目をつむれば唇が重なって、リップ音がして離れた。 「祐介」 「ん、腹減ったな。夕飯作るか」 「あ、スーパーで買った缶詰ある!スパゲッティ!」 「んなもん食えねぇっショ、東堂来たらお土産に持たせとけ」 「あー、不味いのね?」 じゃあ祐介の言う通りスパゲッティの缶詰とミートパイの缶詰は東堂さんのお土産としてしまっておこう。ついでに緑と真っ赤なグミも一緒に。 end ---- 2014/06/03 宙 |