誘う 携帯電話が着信を知らせてうるさく振動する。着信を見て、私は携帯電話を耳に当てた。大きなうるさい声が私の耳に響く。 「巻ちゃーん!元気かー!」 「東堂残念!巻ちゃんではありませぇーん!」 「む、その声はなまえか?巻ちゃんはどうした、何故お前が電話に出る」 「巻ちゃんなら私の為にケーキとジュースを用意してくれているはずです!」 巻ちゃんの出ていった部屋のドアを見て、私は電話の相手、東堂にそう告げた。東堂は巻ちゃんの家にいるのか、と少し声に含みを持たせながら言う。 「なんだ、巻ちゃんもやるなぁ」 「やるなぁ、じゃないの。やらないのよ巻ちゃんは」 「はぁ?」 「部屋になんか何回も来てるのに、付き合って何ヵ月も立つのに・・・巻ちゃんは私に手を出してくれないの!」 東堂に捲し立てるようにそう言うと、東堂は少し間を置いて鼻で笑った。なまえに魅力がないからだろう、なんて失礼なことを言いながら。今度会ったらぶん殴ってやる。低い声で呟くと東堂が慌てて謝ってくる。すまない、冗談だ、と言って、それから東堂は「この俺がアドバイスしてやろう!」と偉そうに言った。 「アドバイスって?」 「巻ちゃんがなまえに手を出したくなるようなことだ!」 「教えてくれるの?」 「あぁ!まず、雰囲気を作るのだ。暑ーい、とか言って薄着になり巻ちゃんに近づけ!」 「東堂キモーイ」 「き、キモイとはなんだ!人がせっかく、」 私は携帯電話を耳から離し、電源ボタンを押した。同時に巻ちゃんが部屋に入って来て、私の手にある自分の携帯電話を見て驚く。私から携帯電話を奪い、勝手に触るなと怒った。 「東堂から電話来たから出ただけだよ」 「勝手に出るなよ・・・で、東堂何だって?」 「ん、脱いで巻ちゃんを誘えって」 「はァ!?」 巻ちゃんが口を開け驚く。驚いた拍子に携帯電話が床に落ちた。驚いたまま固まる巻ちゃんをそのままに、私は巻ちゃんのベッドに体をのせる。シャツのボタンを外そうと手を掛けた時、巻ちゃんが勢いよく止めにかかった。 「ま、待て!何東堂の言った事間に受けてるっショ!」 「巻ちゃんに襲って欲しいから」 「襲っ・・・」 巻ちゃんがため息をつきながら項垂れた。私の手はしっかり握ったまま、私が服を脱がないようにしている。巻ちゃん、と手を動かすと、巻ちゃんは顔を上げて「止めなさい、女の子っショ」とお母さんみたいなことを言った。だって、巻ちゃんがいけないんじゃない。いつまでたってもキスすらしてくれない。東堂が言ったように私の魅力がないから、とか考えちゃうんだよ。巻ちゃんが言うとおり、私は女の子だから。 「巻ちゃん、キスして、ね?」 「・・・わかった」 「わぁい!あのね、あのね、キスの続きもしていいの!巻ちゃんなら、私怖くないから!」 きゅっと目をつむって巻ちゃんを待つ。まだかな、とわくわくしながら待つが、中々時間がかかる。少し目を開け様子を見ると、巻ちゃんは先ほどより私に近づいてはいるが、キスをするには遠い距離にいた。 「・・・っ、む、無理っショ!」 「ひどい!巻ちゃん!」 「襲えって言われたほうがどうしたらいいかわかんねぇっショ!」 「襲えばいいのだよ!」 「東堂の真似してんじゃねぇショ!」 ぼふん、とクッションが私の顔に投げつけられる。巻ちゃんの匂いがして私はそのままクッションを抱き締めた。 「大体、俺にも計画とかタイミングが・・・」 「え!巻ちゃん計画なんて立ててくれてるの!きゃー!じゃあ私はいつどのタイミングで巻ちゃんに手を出してもらえるかって待っていればいいのね、楽しみ!」 「だからなまえのそういうのがタイミング失うっつーか」 「さぁ!どこからでも来るといいよ!巻ちゃん!」 手を広げて巻ちゃんに見せると巻ちゃんはまたため息をついた。それからベッドから降りて私に背を向け床に座った。 「今日はなまえに指一本触れない事にするっショ」 「えぇ?」 「絶対」 「何でー!手繋いだり、抱き締めてもくれないの?」 巻ちゃんは無言で頷く。嫌だ、と巻ちゃんに近づき腕を引っ張っても巻ちゃんは無言で持ってきたジュースをストローで飲んでいる。 「なまえが変な期待するからっショ」 「巻ちゃん!」 巻ちゃんは宣言通り、私が帰るまで私に指一本触れてくれなかった。不機嫌で帰る私に巻ちゃんは明日もおいで、と笑って、それに私は嬉しくなって機嫌を直す。明日はキスしてくれるかな、と期待を抱いて。 end ---- 多分このあと巻ちゃんは東堂にからかわれる。 2014/05/20 宙 |