ナマエはひどく引きつった顔をしていた。
それを見つめる僕の胸の中は、酷く虚しかった。
ナマエを嗤うように擽ったくもあり、ナマエの心情を慮ってズキリと痛みもしたし、よくわからないどす黒い感情が底にある気もしたけれど、そういったもの全部含んでも酷く虚しかった。
目の前ではジェームズが年甲斐もなくはしゃぎ、エヴァンズは困ったように微笑んでいる。いつものようにエヴァンズの口からジェームズを罵る言葉は出てこなかった。
「おめでとう」
きっと、ナマエが必死に絞り出した祝福の言葉は、彼女の親友のエヴァンズにも、彼女が密かに想いを抱いていたジェームズにも届いていない。
頼りないおめでとう、は行き宛もなく冬の虚空を漂い、風にあっという間に掻き消された。
当の本人はそんなの気にせず必死に笑顔を浮かべていた。
その表情が強張っているなんて、きっと僕しか知らないことだった。

何もない殺風景の部屋に、ナマエの啜り泣きと嗚咽だけが響く。
君が僕の前で泣くのは、これで何度目だろうね。
エヴァンズがジェームズの告白を受け入れそうなことは、ここ最近の雰囲気でなんとなく分かっていた。それは彼女の言葉がなんとなく柔らかくなったことや、クィディッチの練習場に顔を出すようになったこと、ジェームズを追う視線やその表情が雄弁に物語っていた。
エヴァンズが親友であるナマエに自身の心境の変化を打ち明けた時、ナマエは初めて僕の前で泣いた。それから、二人に進展があるたびに、彼女は僕のもとで泣いた。
僕は全然嫌じゃなかった。
確かに、泣いてる女の子を扱うのは苦手だけど、ナマエは他の子みたいに泣きながら同意を求めて来たり、つらつらと自分の不幸を並べたりしない。
僕は隣にいればいいだけ。
慰めの言葉の代わりに、心地よい沈黙になりきる。ナマエがそれを求めるから。
そんなこんなで、たまにジェームズへの恋心を聞きながら、二人でお菓子を貪っていた夜中の必要の部屋は、最近ではナマエの泣き声で満ちていた。
彼女の震える背中を見ながら「君が好きなんだ」なんて言える筈がなく、お菓子も食べれずに、それでもただ黙って必要の部屋にいるのは、やっぱりナマエが好きだからだった。
慰めの言葉をかけてあげたくない訳じゃない。ナマエが泣いてるのを見て、平静でいられる訳じゃない。
ただ僕がそれをしないのは、そこにナマエのプライドがあるから。
普段ジェームズと言い合いをするほど強気なナマエは、ここで僕が慰めたら、強気なナマエを知っている僕が慰めたら、余計に傷ついてしまう。だから僕は口をつぐむ。
今日までは。
そう、今日までは。
もう、ジェームズは完全にエヴァンズのものになってしまったよ。
もう、君が泣いてもどうにもならないところまで来たんだ。
これからも、二人の姿を見るたびに僕のもとで泣く気かい?
そんなの僕はごめんだね。
僕だって君が好きなんだから。
硬い椅子から腰をあげ、泣いてるナマエの前に跪いた。顔を隠す長い髪を静かに後ろに流す。ナマエは、嗚咽を噛み殺し、赤い目をしながら、不思議そうに僕を見つめた。
やっと僕を見てくれたね。
君は、そんな顔をして泣いていたんだね。
濡れた瞳の端に、優しく唇で触れた。
ナマエは驚いた顔でまじまじと僕を見ている。
そんな彼女の手を取って、ゆっくり椅子から立ち上がらせた。ぐい、と少し強めに引けば、バランスを崩したナマエは簡単に僕の腕におさまった。
初めて抱き締めたナマエの身体は、想像していたものよりずっと細くて柔らかかった。まだ、泣き収まらずに体が震えているのが伝わってきた。
ぎゅう、と腕に力が入る。
「黙っててごめん。
ナマエが好きなんだ。
君がこんなに苦しむ前から、ずっと好きだった。
………ジェームズへの想いが捨てられないなら、僕が受け止めてあげる。
ジェームズを忘れるためでもいい。
僕じゃ、だめかな」
ナマエは泣き止んだものの、まだしゃっくりが出ていた。
僕のグレーのセーターに、きらきらとナマエの涙がついていた。
沈黙があたりを占めようとする。
「好きだよ」
もう一度、囁いた。
ナマエはゆっくり顔をあげ、泣きはらした目で困ったように見上げてくる。
ああ、自分でもどうしたらいいかわからないんだな、と見て取れた。
忘れたい。
忘れなきゃってわかってる。臆病な自分のためにも、大好きな親友のためにも、恋い焦がれるあの人のためにも。
でも、そのために友達の僕を使うなんて。
「僕は構わないさ」
ナマエの眉が、泣きそうに下がった。
ちろり、と乾いた唇を舐める。
あと、少し。
あと少しで君に手が届く。
最後の決め手が、するりと口から出た。
「それに、ほら…誰も見ていない」
びくり、とナマエの肩が揺れて、瞳が滲み始めた。恐る恐る、ナマエの腕が僕の背へ回る。最後には、もうどうしようもない、とでもいうようにぎゅっと僕のセーターを握った。
そう、誰の目も無ければ、いくらだって逃げ道を作れる。ねえ、僕と君しか知らないって、ひどく甘いねえ?ああ、大丈夫だよ、周りには、特にあの2人にはちゃんとナマエの話に合わせてあげる。大丈夫。好きだよ。
「ごめん、ごめんね、リーマス………だめだって、こんなのだめって…わかってるのに……!」
そんなことないさ、とでも言うように、ナマエの背中を優しく叩いた。
周りから見れば、きっと僕らは甘ったるい恋人のように見えるに違いない。
僕ら二人きりの必要の部屋で、ナマエの漏らした声がくっきりと耳に残った。
「誰も幸せになんてなれないのに」
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