先日のコンビニ事件は、私にとって人生の大きなターニングポイントとなった。コンビニのターニング、つまりは行きつけだったコンビニを替えるという選択をしなければならなくなったのだ。どこかの変態ナルシストのせいで。
変態ナルシストというレッテルを貼られていながら、更には「ストーカー」という称号までも手に入れたジュテームさんはなんて残念な人なんだろう。それでもイケメンだから、まだ救われている方だが。なんて世の中は不公平なんだ。顔さえ良ければ例え性格が悪くても全て許されるというのか。平等だなんて良く言うぜ。
私は溜め息をつき、固まった体をグーッと伸ばした。
今は仕事の真っ最中だ。私はあるホテルで働いていて、そこのフロントを担当している。つまり、受付嬢というやつだ。この仕事は嫌いではないが、やはりサービス業というのは疲れるものだ。一日中椅子に座っているからお尻は痛くなるし、肩もこる。そして時たま困ったお客さんの対応もしなければいけない。この職業は、ストレスを感じやすいのだ。
私はふう、と息を吹き出し姿勢を正す。
あと一時間経ったら仕事終了だ。頑張れ私。
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
突然、前から聞こえてきた声にビクッとする。
全然気配が分からなかった。やだ、私ったらボーッとしてたのかしら。
私は慌てて顔を上げてお客さんの対応をしようとした。が、声をかけてきた人物を見て体が固まる。
「こんにちは、マドモアゼル。制服姿も麗しいですね」
にこやかに私に話しかけてきたジュテームさんは、今日はスーツを着ている。やっぱり、何着ても似合うなあ。
じゃなくて。
「な、何でここにいるんですか! というか、何で私の職場を知っているんですか!」
「愛の狩人ジュテーム、貴女のいるところにはジュテームの影ありですよ」
全くもって意味が分からない。何だよ愛の狩人って。
というかこれはもう立派なストーカーですよね。もはや犯罪ですよね。貴方の私の中での評価が、完全に変態ナルシストから変態ナルシストストーカーに降格しましたよジュテームさん。
ジュテームさんは辺りをキョロキョロと見回し、ふうと息を吐いた。
「やはりスーツを着てきて正解でしたね。ここは高級なホテルのようですし」
「え、だからわざわざスーツを着て来たんですか?」
「勿論です。愛の奴隷として、貴女に恥はかかせられないでしょう?」
そう言ってニッコリと微笑むジュテームさんに胸が高鳴る。
私の為に私服じゃなくて、わざわざスーツを着て会いに来てくれたんだ。ちょっと嬉しい、かも。変態とかナルシストとかストーカーとか思ってごめんなさい。見直しましたよジュテームさん。
「それに、スーツを着れば貴女もいつもとは違う私の美貌を堪能できると思いまして。さあ、私の美しさを存分に感じて下さい」
「営業妨害です帰って下さい」
前言撤回。やはり彼は変態ナルシストストーカーでした。ちょっとジュテームさんの性格を忘れかけてたわ私。危ない危ない。
ジュテームさんは「ううむ……」と呟き、顎に手を添えて何かを考えている。そんな姿も様になるから余計に腹が立つ。
「では、私も客になるとしましょう。貴女の心にチェックインします」
「いやいや意味が分かりませんから」
「何を言っているのです、貴女と私の仲でしょう。狭い部屋の中で濃厚に愛を語り合ったではありませんか」
「語弊のある言い方をしないで下さい!」
このままじゃ埒があかない。頼むから誰か助けてくれないだろうか。
そう思った時、ウィーンと自動ドアが開く音がした。誰かがフロントに近づいてくる。
「ジュテーム、やっと見つけたわ。ワレがいつまでも帰って来おへんから、わざわざ迎えに来てやったんやで」
そう言ってジュテームさんの隣に並ぶ男性。その口振りから、どうやらジュテームさんの知り合いらしい。オールバッグに派手なスーツ、鋭い目つき。男性はどこかの組のチンピラのような格好をしている。ジュテームさんと知り合いだなんて、なんだか意外だ。
ジュテームさんは男性の方を向き、苦笑いを浮かべた。
「ああ、ダーク殿。すみません、マドモアゼルとのお話が楽しくてついつい時間を忘れてしまいました」
ジュテームさんの言葉を聞いて、ダークと呼ばれた男性が私の方を向いた。ダークさんは、とてもすまなそうな顔をして私を見ている。
「すまんな、ねーちゃん。仕事の邪魔しよって」
「いえ、邪魔なんてそんな」
多少煩わしいなとは感じたけど、邪魔だなんて思ってはいない。むしろ、……って私「むしろ」何よ。むしろ何なのよ私。
「……ねーちゃん、どないした?」
「い、いえ! 何でもありません、何でも!」
わたわたと慌てる私に、ダークさんが不思議そうな顔をする。
何焦ってるのよ私、落ち着きなさい。別にジュテームさんの事なんて、なんとも思ってないでしょ。
私が自分を必死に落ち着かせようとしていると、後ろから同僚の子の声がした。
「?ちゃん、交代よ。今日は上がって良いって」
「あ、うん」
もうそんな時間になったのか。ジュテームさんと喋ってたから、時間なんて分からなかった。
私がフロントの椅子から立ち上がろうとしたら、ジュテームさんと目が合った。彼はニコッと笑って私を見る。
「マドモアゼル、自宅までお送りしましょうか?」
「え、でも」
「良いのです、さあ……」
私の手を掴もうとしたジュテームさんの首根っこを、ダークさんがすかさず後ろへ引いた。首を絞められたようになったジュテームさんから「ぐえっ」という声が聞こえる。
「あかん。ワレは送り狼やから、何やらかすか分かったもんやない」
「ちょ、人聞きが悪いではありませんか、ダーク殿!」
「事実やろが、この変態。じゃあな、ねーちゃん。また会おうな」
ジュテームさんを引きずりながら、後ろ姿でひらひらと手を振るダークさん。と、引っ張られて苦しそうなジュテームさん。その二人を呆気にとられて見ていた私に、同僚の子がヒソヒソと話しかけてきた。
「ねえ?ちゃん、あの人達と知り合いなの?」
「いえ、全く知らない人です」
そう即答した私は、引きずられていくジュテームさんを一瞥して荷物が入っているロッカールームに向かった。送ってもらえなくて残念だ、とか思った自分はどうかしてる、目を覚ませ。と独り言を言いながら。
この時の私はダークさんが言った「また会おうな」の意味を、まだ理解していなかった。