別Ver.
キッチンで、彼が作業を始めた。
おれはのそりと起き上がると彼の足元へと近付く。
「危ないから近付くなよ?」
彼はそう言ってオーブンからおれを遠ざけると他の作業へと移っていく。
オーブンの中では何やら焼かれているらしく、香ばしい匂いが漂い始めていた。
【 Milk Tea 】
甘い、甘い。柔らかな香りに包まれて、午後の時間は緩やかに流れる。
本日のおやつは生クリームたっぷりのケーキらしい。
スポンジにふわふわの生クリームがデコレーションされていく様を眺めていると、心がウキウキと跳ね出す。
「出来た!」
頬にクリームを付けて彼は自慢げに笑みを零す。輝かしいその笑顔に見とれながら、おれは彼に抱きついた。
「こら、甘えてないで離れろ」
腕を振り払い、彼はケーキを冷蔵庫に仕舞い込む。
おやつはお預けのようだ。
仕方ないので彼の頬についてるクリームをペロリと舐めた。擽ったそうに笑う彼が大好きで、もっと顔を舐めてみせる。
「ちょ…こらキッド! くすぐったい!」
笑いながら彼はおれをギュッと抱き締める。
「ケーキはあとであげるから、おとなしくしてろよ?」
頭を撫でて彼は自分用の紅茶の用意を始める。
最近のお気に入りは茶葉から煎れるロイヤルミルクティだ。煮出してミルクをたっぷり入れるソレに彼は甘いヴァニラの香りを加えて楽しんでいる。
実際おれは飲んだ事がないのでどんな味なのかはわからないが、あんなにいい匂いをさせているんだ、きっと美味しいに違いない。それに彼の作るものは何でも美味しい。あのケーキも早く味わいたい。
彼の横で紅茶が煮詰まるのを待ちながら、そっと思う。
おれがこの姿じゃなかったら。
おれが人間だったら、一緒にお茶まで楽しめたのかな。
そう思う間にも片手鍋では茶葉が煮詰まり、彼はミルクとヴァニラを足していく。今日も甘いいい匂いが広がった。
鼻歌混じりに紅茶を作りながら、慣れた手つきでポットと茶漉しを取り出し、煮詰めた紅茶をポットに注いでいく。
美味しそうだけれど、決しておれには味わえないそれが少し憎らしくもあった。
ポットに注いだ紅茶とカップを持って、彼はリビングへと移動する。
おれはその後ろをついて歩く。
邪魔だ、と彼の声が聞こえたけど、本気で言ってる訳じゃないのは声音で知ってる。
お気に入りのソファに彼より先にちょこんと座って待ってると、彼は笑ってケーキの皿を持ってきた。
「お前、そこがお気に入りだよなぁ」
笑いながら頭を撫でて、彼はおれにケーキを取りわける。
「ほんと…アイツにそっくりだ……」
詰まったような声は、多分初めて聞いた。
顔を見ると何かをこらえたような、苦しそうな表情を浮かべていた。
なぁ、なんでそんな顔するんだ?
おれはここにいるのに。
彼はおれの身体に顔を埋めてギュッと抱きついてきた。
そんな彼に頭を擦り付けてみせる。彼にそんな顔させたくないんだ。
おれじゃ、ダメなのか?
一緒に紅茶の飲める存在じゃなきゃ、お前を慰めてやる事すら出来ないのか?
ペロリ、と彼の顔を舐める。目じりに浮かぶ涙も全て舐め取って。
大好きだ。
ずっと側にいるから。
そんな顔しないで。
おれが守るから。
声にならない叫びが身体中を駆け巡る。
人の言葉を話せたら、今すぐ彼に想いを伝える事が出来るのに。
無情にも口を付いて出たのは「わぅ」っという短い鳴き声だけで…。
おれはただ、彼の、ローの側に身を寄せて擦り寄る事しか出来なかった。
―――――――
切ない…
でも好きです…ッ!
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