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彼と一番最初に交わした会話は、今でもよく覚えている。自分にとって物凄く印象的なものだった。もちろん悪い意味で、だ。

ホグワーツに入学したその日、私はスリザリンのテーブルに着いていた。組分け帽子と呼ばれるオンボロ帽子を頭に被せられ、何をされるのだろうと思っていたら、本当に、ただ寮を分けるだけだったので思わず笑ってしまいそうになった。儀式だなんていうものだから、帽子に噛み砕かれるだとか、そういった一種の修行のような類のものだと思っていた。

そのオンボロ帽子から自分の寮がスリザリンだと告げられた時、正直何とも思わなかった。最初から寮なんてどこでも良かったのだ。

ただ、両親は私がスリザリンに入ることを望んでいた。それは家系だとか血だとか、そういったものの話らしい。私にはそれがよく分からなかったから、どうでも良かった。スリザリンに入れば入ったで両親は喜んでくれるだろうし、スリザリンじゃなくても私は他の寮で楽しく生活するつもりだったのだ。

私にとっての組分けは、本当にその程度のものだった。

そして私は、自分の組分けの儀式が終わると、ただでさえ興味のなかった儀式が更に退屈でたまらなくなった。顔も名前も知らない子がどこの寮に行くかだなんて正直興味がないし、友達作りに関しても組分けの儀式を見なかったくらいで支障はでないだろう。

ホグワーツ特急で気持ちよく寝ていたところを起こされたばかりなので、今はまだ眠いのだ。まだまだ組分けの儀式は続きそうだし、少しくらい寝てしまっても大丈夫だろうと、そう思った私はついに、睡魔によって支えきれなくなった頭を机に預けた。

夢を見た。大量のカエルチョコに襲われる夢だった。
普段なら大好きなカエルチョコだけれども、量が多いと気持ち悪い。更にそれが追いかけてくるのだ。私はまだあまり覚えていない、使い慣れていない呪文を必死に唱える。けれどやっぱり大量のカエルチョコには勝てなくて、逃げても逃げてもきりがなくて、後ろを振り向いたらやっぱり大量のカエルチョコがいて、本当に泣きそうになった。さらに私は転んだ。ひざを擦りむいた。めちゃくちゃ痛くて、ああもう我慢ならないと思い泣こうと思った時だった。

いきなり目の前に白馬に乗った王子さまが現れて魔法で大量のカエルチョコを燃やし尽くしたのだ。カエルチョコは全て溶けて、ドロドロになった。私は王子さまにお礼を言った。すると王子さまは、困ったときはお互いさまですと言いながら、とても綺麗に笑った。王子さまの優しさにうっとりしながら彼を見つめる。
けれどしばらくすると、王子さまの顔が変形しだすのだ。なんだこれは。そう思ったのもつかの間、王子さまは今までみたことのないような大きいカエルチョコになったのだ。カエルの手が私の肩に触れる。鳥肌が隠しきれない。それでも、何とかその手を払いのけようとした。その時だった。

ばっと起き上がり周りの様子を伺う。すると私の隣に座っていた男の子が驚いたような表情でこちらを見ていた。よく見れば、私の肩に彼の手が乗せられていた。

「あの、ごめんね。寝言でカエルチョコって言っていたから君にとっては良い夢を見ているんだろうなあと思ったんだけど、組分けの儀式も終わってこれから食事だっていうから起こさないといけないかなって思って…余計なことをしてしまったかな」

隣の彼は困ったように笑った。
けれど私は彼の手を取り、顔を思いきり近付ける。

「いいえ、むしろ助かりました。本当にありがとうございます!」

そう言うと、彼は驚いたような表情をした。ああ、いきなりお礼を言うだなんて変な人だと思われてしまったかもしれない。私は慌てて先程見た夢の内容を話す。すると今度は困ったように笑うのではなく、普通に笑いかけてくれた。

それから私は自己紹介をし、彼と色んなことを話した。彼はとても優しい人だった。これはもしかして、もしかすると、友達作りが順調にいっているのではないか。そう思い、調子に乗った私は目の前にいる男の子にも話しかけることにした。

「あなたの名前は?」

目の前に座る黒髪の男の子に話かけるけれど、彼から返事はない。聞こえなかったのかなと思った私は、もう一度先程と同じ質問を彼にぶつけた。けれど相変わらず返事はない。そんなやり取りを三回繰り返したところで、ついに彼は口を開いた。

「うるさいです」

やっと口を開いたかと思えば、全く予想をしていなかったその言葉に、私の元々緩かった堪忍袋の緒が引きちぎられた。私は立ち上がり目の前の黒髪くんを指差す。それから大声で言ってやった。

「うるさいってねえ、私はあなたの名前を聞いただけよ。答えることくらいしたっていいんじゃないの!」

周りの視線が一斉に集まる。
隣にいたあの優しい男の子が慌てて私の手を引っ張った。けれど私は相変わらず澄まし顔をしている黒髪くんに目を向ける。

「いい加減名乗ってもいいんじゃないのかしら」
「しつこいですね」
「それは光栄」

そう言って笑ってみせると黒髪くんはため息を吐いた。けれど次に、彼はこう言ったのだ。

「カエルチョコです」
「は?」
「僕の名前、カエルチョコなんです」

さらっと無表情でそう言った黒髪くんに殺意が芽生えた。こんなにも人を殴りたいと思ったのは初めてだ。
どちらかというと、今まで自分は人をからかう側として生きてきた。それがここにきてこの屈辱。許すまじ言動だわ、黒髪くん。そう思いながら今にも殴りかかってしまいそうなこの拳を止めてくれたのは、やはり隣の男の子だった。

それから数時間後、隣に座っていたあの優しい男の子から、黒髪くんの名前がレギュラス・ブラックだということを教えてもらった。ブラックだなんて、髪の毛通りの名前をして!と悪態をついたことをよく覚えている。

まあ、彼との出会いを大まかに話せばこんなものだろうか。今となってはそこそこ、ほんのちょっぴりだけ、良い思い出なんだろうけれども。



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