5 目覚めた後も、私の機嫌はとても良かった。 夢の中だとはいえ、憧れていたホグズミード村に行けることができたのだ。 一番楽しみにしていたバタービールこそ飲めなかったものの、三本の箒やゾンコ、ハニーデュークスにも行けた。マダム・パディフットも行きたくて土下座に近いものをしてまで頼んだけれど、レギュラスくんはこればかりは譲れないとでもいうかのように見事に断り続けた。 けれど、今思えばレギュラスくんのその判断は正しかったのかもしれない。 バタービールの件で私の姿はレギュラスくん以外の人からは見えないということが判明した。 その状態で一緒にマダム・パディフットになんて行かせてみろ。 私もいるけれど、周りからはもちろん見えないため、レギュラスくんはたった一人であの空間にいることになる。 想像しただけで可哀想に思えてくるし、とても酷だ。強制しなくて良かったと安堵した。 それはさておき、今回のホグズミードで気になったことが三つある。 一つ目は勿論、私の姿が周りに見えていないということ。 二つ目は前回、ティーカップに触れられたにも関わらず、今回はバタービールのグラスに触れることができなかったこと。 そして三つ目が、今まで感じていた寒さが感じられなくなっているということだ。 一つ目は、私の体験しているハリー・ポッターの世界が、私の夢の中の世界であるということが関係しているのかもしれない。 夢の住民でない者が夢の住民に干渉することはまずい、ということだろうか。 それでも疑問となってしまうのが、何故レギュラスくんだけが私と干渉することが出来るのだろうか、ということだ。 もう一つの可能性があるとするのなら、夢の中での私は妖精という存在である、ということだ。 私の姿が周りから見えないと発覚したのは今回のホグズミードがきっかけだった。けれど、もしかしたら前回と前々回では、私の姿が見える人物がいたのかもしれない。 それは子供という存在だ。 昔から子供は霊力が強いと言われている。夏に放映しているホラー番組でも、子供が"何か見える"と訴えるという話をいくつも見てきた。 ハリー・ポッターの世界でホグワーツの生徒がホグズミードに訪れることができるのは三年生からだ。 つまりあの場にいるホグワーツ生は、十三歳以上の生徒である。 女性は早くて七歳、遅くて十一歳。 男性は早くて九歳、遅くても十三歳までには思春期を迎える。年齢によって私の姿が見えるという"霊力"が薄まっていくとするのなら。 そこまで考えて、やめる。 考え過ぎだ。 私のことが見える年齢を過ぎてしまったため見えない、というのは少しこじつけがましい。そもそもホグワーツにはゴーストがいて、彼らは"見る"ことができる。 それに、レギュラスくんだって十三歳なのだ。 私の姿が見えないという周りと変わらない年齢のはずだ。二つの予想を基準にして考えたところで、"レギュラス・ブラックが私の存在を認識することができる"という事実が答えを阻む。 もう考えるのはやめよう。 二つ目のグラスに触れることが出来なくなったことも、三つ目の今まで感じていた寒さが感じられなくなっているということも、ここでは私が"異物"であり、夢の世界から阻まれているということしか思いつかない。 レギュラスくんと出会う夢を重ねる度に、少しずつ自分はあの世界の住民ではないということを思い知らされる。 考えても仕方のないことだった。自分の力ではどう頑張ってもバタービールを飲めないのだ。どう頑張っても、夢の秩序に逆らえる気がしないのだ。 夢に振りまわされてばかりだった。 ただ、思うことがあった。 例えば、もし私が次にレギュラスくんと夢の中で出会うとしたら、それは彼が何歳のときなのだろうか。 三年生になったレギュラスくんは既にヴォルデモート卿のことを知っているのかもしれない。彼は若い頃からヴォルデモート卿のファンだったのだから。 それなら、次に私がレギュラスくんと出会うとき、彼は何をしているのだろうか。五年生になってO.W.L試験に苦戦しているときだろうか。十六歳になった彼が、既に死喰い人になってしまったときだろうか。 それとも、彼が亡くなってしまう直前なのだろうか。 それとも。 それとも彼が、亡くなってしまった後なのだろうか。 ホグズミード村で名前、と自分の名前を呼んでくれたレギュラスくんの顔を思い出す。 私とレギュラスくんは、彼が幼少期の頃と、ホグワーツに入学する前、そしてこのホグズミード村でしか会ったことがなかった。 たった三回だ。 それでも、たった三回でさえも、たとえ夢の中だとしても、私にとってはとても貴重な体験で、貴重な思い出だった。 次に私が夢の中でレギュラスくんと会ったとき、私は彼が亡くなってしまうという運命を黙ってその日を過ごすのだろうか。 「私が必ず君に幸せを運ぶよ!」 いつか夢の中で、レギュラスくんに伝えた言葉を思い出した。当時はレギュラスくんに言われたまま、自分は妖精だと名乗った。 実際に妖精を見たことがないし、妖精というものがどんなものか分からなかった。 けれど、良い子にしていたら何か良いことが起きる。 そういう、教訓めいたものが神話やら童話にはつきものだと思った。 だからつい口走ったことだった。 レギュラスくんが私の言葉を覚えているのかは分からない。 それでも。 「ちゃんと約束は、守るよ」 もし次があったとして、夢の中で彼と出会うことができるのなら、私は君を幸せにしてみせよう。 夢の中で沢山の思い出をくれた君に、今度は私が、恩返しの気持ちを込めて。 だからどうか、次に出会った時、レギュラスくんが健やかであるように。 どうか、私のことを覚えているように。 そして、今より成長しているであろう君の瞳に、私の姿が映りだされることを祈らずにはいられなかった。 ×
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