七章

 外は変わっていなかった。武文が記憶する最後に見た風景と、何ら変わるところはない。自宅の壁も相変わらず白いし、角の家のアンテナは相変わらずあらぬ方を向いたままである。台風で倒れてそのままになっている、と笑ったのは梅雨の頃だった。
 唯一、変わったのは空気の密度である。最後に学校へ行った日は丁度梅雨の中ごろで、空気がみっしりと凝縮されて重くなっていた。息をするのも歩くのにも、何かを掻き分けているような感覚が伴い、その重圧は時として雷や雨や汗となって彼の目の前に現れる。今のようにすかすかした感じはしない。
──あいつはどうだったのかな。
 武文は笹山が気に入っていた。自分と違って大人な考えを持っていて、本が好きで、武文が理想とする「大人」像は年齢こそ違うが笹山だった。積極的に友人を作ることはせず、その為に親しく話すのは武文のみで、武文もまたそれが嬉しかった。笹山が心を開くのは自分だけだという自負があった。
 だから、彼は笹山にもっと世界を広げて欲しかったのだ。
 もしかしたらそれは笹山にとっていらぬ節介だったのかもしれない。笹山は今ある広さの世界で充分楽しめているようだし、武文もそれが共有出来た。しかし、更に広い世界を笹山と共有出来れば彼が喜ぶと思ったのだ──そこに悪意は本当になかった。
 武文は小走り気味だった足を広げた。
──喜んでくれると思ったんだよ。
 笹山と遊ぶ際に武文の友人も交えるようにしたのはそうした理由からだった。姉もあまりいい顔はしない友人たちだが、武文にとっては確かに楽しみを共有出来る仲間だったのである。
 それが、いつからだろうか、笹山が武文を避けるようになったのは。
 初めは用があるからと遊ぶのを避けていたものが、日を置くにつれてあからさまになったのにはさすがに我慢がならなかった。理由を言えばいいものを、変に気後れする笹山の性格を知っているからこそ余計に腹が立った。
 口にしないでわかることなどあるものか、今日こそ、と笹山を問い詰めようとした放課後、武文は目にしてしまった。武文の「仲間」が笹山を囲んでいるところを──足や拳が振り上げられているところを。
 あの場面だけはよく覚えている。何かで頭を殴られたような衝撃が体を突きぬけ、その場に立っているのがやっとだった。目が霞んで現実を否定しようとし始めたが、武文を認めた「仲間」が彼の名を呼んだ。
 手を取れば良かった。逃げれば良かった、庇えば良かった、戦えば良かった。
 後になってあの時ああしていればというシミュレーションは何度も繰り返した。暗い部屋の中で蹲って、笹山を助けることが出来たであろう行動を繰り返し繰り返し考える。

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