一章

 秋の訪れを庭に感じながら、嵐はジャケットを羽織った。少し外を歩こうと思うだけで一枚何か必要なほどに、外気は冷やされている。こんな日は早々に用事を終わらせて帰るに限る。
 玄関先に腰掛けて靴紐を結びなおしていると、後ろからとたとたと小走りに近づく足音がした。大げさに音をたてたりはせず、だがかなり急いでいるのであろうその足音を嵐はよく知っていた。だから靴紐を結ぶ手を早めたわけだが、生憎それよりも足音の方が早かったのだ。
「ねえ、嵐、あんた暇?」
 急いでもこんなものか、と肩を落とす嵐の後ろで母親が声をかける。明良同様、この人が急いで声をかける時には決まって良い事がない。買い物か、事務的な用事か。それよりももっと面倒なことを押し付けられてはかなわないとばかりに嵐は紐を結び終え、荷物を背負った。
「あんまり。買い物?」
「違うのよ、ちょっとね、頼みたいことがあって」
──そら来たぞ。
 ちょっとね、と言葉を濁し、用件を曖昧にしているあたりが怪しい。ここで言葉を次がれては困るとばかりに嵐は母親に向き直った。
「……先に言っておくけど、拝み屋と違うんだからね」
「あら、似たようなものじゃないの」
 あっけらかんとして返されては抵抗するだけ空しく思えてくる。頬に手をあてて、母親は嵐の心中などお構いなしに話を続けた。
「宮森さんところの真琴ちゃんって覚えてる? ほら、中学の時一緒だった」
 宙に視線をさ迷わせて頭に検索をかけてみるも、該当する名前はなかった。そもそも友達づきあいというものを幼少の頃に行わなかった嵐にとって、同級生などただ一時期を共にした他人でしかない。それほどの思い入れも無ければ、思い出すらなかった。誰、と聞き返す息子に母親は眉をひそめてみせる。
「まったく……ほら、あんたのことを可愛がってくれた子よ」
 うすら寒ささえ覚えてくる単語に顔をしかめた。いじめられこそすれ、可愛がってもらった覚えなどない。そもそもいじめにあったことすら忘れかけている。
「誰それ。男?」
 話の要領を得ない息子に呆れて母親は大きく息をついた。
「薄情ね。一緒に遊んでくれた子よ。女の子」
「ああ……」
 思いついた風な声を出すと、母親は話の糸口を見つけたとばかりに口を開く。謎の友人なる人物についてこれ以上論争を繰り広げる気にもなれず、嵐は溜め息まじりにそうしただけだった。

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