妄想の墓場 | ナノ
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きみの味



「何これ……?」
 困惑する私をよそに、王馬君はすぐさま室内を歩き始めた。四角く狭い部屋は一面真っ白で、窓はおろか家具一つ置かれていない。唯一ある扉には奇妙な文字が刻まれていた。



どちらかが相手の舌を噛み切らないと出られない部屋



「誰かいませんかー!」
 私はすぐさま取っ手を握り、引いたり押したりしてみた。大声をあげ、扉を叩き、典型的な「パニックに陥った人」の行動をとった。
「もしかしてそこに書いてある文字に気づいてない?」
 至近距離でした声に不意を突かれて、心臓が縮こまった。振り向くと王馬君が真後ろに立っており、扉の文字を指差している。
「『どちらかが相手の舌を噛み切らないと出られない部屋』って書いてあるよ!」
「それは気づいてるよ。でもこんなの……」
「にわかには信じがたいよね〜。でも、案外言ってることは本当だったりして!」
 王馬君はこの状況をまったく意に介していないらしく、頭の後ろで手を組んで、リラックスした仕草をとった。部屋中を見渡すように、ぐるりと体を回転させる姿は、一種のパフォーマンスのようだった。
「この部屋、どこの壁を叩いても帰ってくる音は一定で、多分周りに空間がない。相当特殊な造りだね。『人を閉じ込めるためだけに作った部屋』って感じ。叫んでも誰にも届かないから無駄だよ」
「そんな……」
「それに」
 彼は言いながら扉の前にしゃがみ込んだ。首を傾げるように取っ手の下を覗き込む。
「鍵穴もないのに開かない。電子ロックって感じでもない。不気味だね」
「王馬君にも開けられないってこと……?」
 立ち上がって肩をすくめる。それは、お手上げという意味だろう。
「じゃあ私たち、ずっとこのまま……」
「え、なんで?」
 うなだれる私に、あっけらかんと聞き返す。その意図を尋ねようと顔をあげたら、いつの間に距離を詰められていたのか、目の前に彼がいた。身長がそれほど変わらないせいで、鼻と鼻が付きそうな距離だった。
 反射的に退こうとして、背後の壁に背中を打ち付ける。逃げそびれた私の胸ぐらを掴み、王馬君が強く引き寄せた。唇に噛みつかれる。驚き突き飛ばそうとしたら、手首を掴んで握られた。身をよじって逃げようとすれば、壁に押さえ込まれる。息継ぎができなくなって口を開けば、熱の塊が差し込まれた。
 口内を好き勝手に荒らされる。背筋がざわつき、頭が真っ白になった。
「んっ……ん!」
「あはは! もしかして初めて? ヘッタクソ!」
 息継ぎの合間に煽られた。助けを求めようとしたら、ますます深く舌をねじ込まれる。喉の奥を塞ぐようなキスに、息ができなくて溺れたような状態になった。
 だんだん力が抜けて、立っていられなくなる。壁伝いにへたり込むと、王馬君が腿の上に乗ってきて、ますます圧迫された。押し返そうとしても、びくともしない。
「ふ……っ、……!」
「……」
「ぅ、……」
 これ以上は死んでしまう。
 生存本能が働いたらしく、蠢く舌に思い切り噛みついた。彼にしては珍しい呻き声があがり、口内に血の味が広がった。解放されて、一気に流れ込んだ空気にむせ込んでいると、王馬君が立ち上がる気配。うるんだ視界のまま見上げれば、手の甲で口の端を拭う姿があった。
「案外早く済んだね」
 王馬君は扉の方を向いていた。つられてそちらに目をやると、いつの間に解錠されたのか、扉が開け放たれ、向こう側の廊下が見えていた。
「あ……、王馬君、もしかしてわざと……」
 私に、噛み切らせるために?
 呼吸を整えるのがやっとで、最後まで言葉を続けられなかった。彼は私を見下ろすと、いつもの通りの、あどけない、それでいて毒のある笑みを浮かべる。
「オレは超高校級の総統だからね。こんなワケ分からない場所で時間を無駄にしてられないよ!」
「……あり、がとう」
「無理矢理キスされてお礼言うなんて、もしかしてドエム? それじゃ、お先〜」
 座り込んだままの私を置いて、彼はあっさり出ていった。呆然と見送りかけて、この不気味な部屋に一人取り残される恐怖を思い出す。急いで彼を追いながら、いつもよりペースの速い心音を意識する。
 口の中には、未だに彼の血の味が残っていた。

230812

王馬小吉は『どちらかが相手の舌を噛み切らないと出られない部屋』に入ってしまいました。
180分以内に実行してください。
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