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04




今学期の最終日である朝のホームルーム、神妙な表情で教室に入ってきた担任の大野を、二年D組の生徒は静かに迎え入れた。

黒板の中央の位置まで来た大野が抱え込んでいたファイルの山から一枚のプリントを取り出したので、クラス中が息を呑んだ。そのプリントが、今回の期末テストでD組から一人の脱落者が出たことを意味するのを、彼らはみんな知っていた。余裕な態度で待つ者もいれば、不安に青ざめる者もいた。様々な表情を浮かべる生徒たちを見渡してから、大野が口を開く。

「潮田」

教室の片隅に座る彼の元へ一斉に視線が集まった。渚は一瞬、見開いた目を担任へ向け、それから受け止めがたい現実を少しずつ飲み下していくように俯いていった。泣き出したり発狂したりする生徒がいることを思えば、彼の反応はかなり大人しかった。担任は渚に歩み寄ると乱暴な動作でプリントを机に叩き付けた。そして、何事もなかったかのように教卓へと戻り、朝のホームルームを再開する。まるで、これ以上E組の生徒に時間を割くのは無駄だとでも言うように。

一連の流れを見ていたなまえは口を閉じるのも忘れて渚を見つめることしかできなかった。だんだんと状況を理解してきたクラスメイトがざわつき始め、E組の生徒となった渚の噂話をするのを聞いて、ようやく我に返って口を閉じた程だった。反射的に名前の席を振り返って、背筋を伸ばして座っているいつもの彼女の姿がないことを知った。「名字が体調不良で病院へ寄ってから来るそうだ」と担任が説明したのはちょうどそのタイミングだった。

やがてホームルームが終わって大野が出ていくと、教室は騒々しくなった。いつもの光景のように見えて、それは全く違っていた。未だにプリントを見下ろし、項垂れている渚の周りは見えない壁があるかのように、誰も近づかなかった。

「終わったなアイツ」

どこからともなく上がった声に、渚の肩が震えた。なまえは席を立って彼を慰めに行くべきだと分かっているのに、足が地面に縫い付けられたかのように動かなかった。

(名前ちゃんかカルマがいれば……)

カルマが遅れたり無断で欠席したりするのはいつものことだが、名前がいないのはかなり珍しかった。何もこんな日に、となまえはタイミングの悪さを嘆いた。せめてメールで状況を伝えようとスマホを手にした時、背中が叩かれた。振り返ると、たまに話す程度の女子がニヤニヤ笑っていた。そのさらに背後では、他の生徒も薄ら笑いを浮かべている。

「みょうじさんって、渚君と仲良かったよね?」

彼女の心臓が大きく脈打った。沈黙する自分を渚に知られるのも嫌で、だけど教室中の視線が集中する中で、堂々と彼をかばう勇気もなくて、どうすることもできずに妙な声を出してしまう。

遠くで男子生徒が「俺アイツのアドレス消すわー……」と吐き捨てているのが聞こえた。そちらを盗み見ると、いつだったか、カルマの悪口を言っていたメンバーが集まって携帯をいじっていた。

「俺も消す。同じレベルと思われたくねーし」

「私も消そうかな〜」

次々とクラスメイトが携帯を出すのを、眺めているしかできなかった。横目に見た渚は微動にしない。なまえには彼がひたすら息を潜め、自分の存在を消そうと努めているように見えた。

「みょうじさんも消さないと。ほら、E組のヤツと友達やってたら、足引っ張られちゃうよ?」

いつの間にか男子生徒にスマホを奪われ勝手に操作されていた。なまえは立ち上がって取り返そうと手を伸ばすが、空を切った。さすがに文句を言おうと息を吸いこんだ瞬間、目の前にスマホが差し出されて言葉を失う。しかし受け取って、簡単に返された意味を知った。画面にはアドレス帳の渚の情報が表示されていて、あと一度操作するだけで、それを削除できるようになっていた。

「消すよね?」

体中に突き刺さるいくつもの視線が焼けるような熱を残した。スマホを持つ手が震え、画面の中の渚の文字がやけに鮮明に網膜に焼き付いた。離れた場所にいて、こちらを見ているはずのない渚の目線も感じた。

「消せないなら手伝ってあげるよ」

男子生徒の声を耳の傍で聞いた時にはもう、画面に他人の手が滑っていた。声を漏らす間もなく消えた情報は恐らく、最近動作の遅いスマホが軽くなることもない些細な量だろう。それどころかスマホを握る手が重みを増した気さえした。時間が経ちすぎて暗くなった画面を見下ろしていると、なまえに対する興味を失った生徒たちが、次の授業の準備をするために席へと戻っていった。

一時間目の教師が入ってきて、着席していないことを注意されるまで、彼女はスマホを見つめたまま立ち尽くしていた。





渚との仲を聞かれてすぐに肯定できなかったことや、流されるようにメールアドレスを消してしまったことが罪悪感となって、渚に声をかけることができないまま二時間目が終わってしまった。彼女は何度も渚の後姿を確認するが、歩み寄ることさえできない。またこのまま休み時間が終わってしまうのだろうかと膝の上で握った自分の拳を見下ろした時、後ろの扉がスライドする音がした。勢いよく顔を向けると、カルマが教室へ入ってきたところで、なまえは考えるより先に立ち上がって彼の元へと走り出していた。

「カルマ……!」

孤独と不安から解放され、安堵に緩んでいた表情が強張った。なまえに気づいて手を振るカルマのすぐ後ろに名前がいて、教室の扉を後ろ手に閉めていたのだ。どうして二人が一緒に、という疑問は、「さっき下駄箱で会ってさ〜」というカルマの緊張感のカケラもない声によって解決された。なまえは二人にそれ以上近づくことができなくて、立ち止まって視線を彷徨わせた。

名前は友人の奇妙な反応と身を縮めて座る渚を見て、すぐに異常な空気を察知したらしく、「何かあったの?」と問いかけた。途端に教室の騒々しさが戻ってくる。カルマも周囲の変化を感じ、観察するような瞳を携えた。三人の間に沈黙が流れたが、やがて何も答えないなまえにもどかしさを覚えたのか、名前がその横をすり抜けて渚に近寄ろうとする。

引きとめようと彼女が口を開くより先に、成り行きを見ていたクラスメイトの一人が、「渚ならE組行き決定したから、話しかけないほうがいいよ」と声をかけた。それを聞いた名前の表情は静かなままだったけれど、茶化すような生徒たちに向けられた瞳の色に激情が浮かんだのをなまえは見逃さなかった。構わず走り寄る彼女を止める勇気を失って、伸ばしかけた手を力なく自分の胸元へと戻した。

「教室出よう」

渚の元にたどり着いた名前を視界の端に捕えながら、カルマが言った。

「でも、三時間目が始まっちゃう」

「そんなの、どーでもいいから」

有無を言わさぬ口調でカルマが手首を握った。引っ張られるままに教室を出て、二人は空き教室へと潜り込んだ。授業開始を告げるチャイムが響くのを聞き、なまえが不安そうな表情をする。カルマは廊下から見えない位置へ座るよう促しながら、「心配ならあとで授業やったところ俺が教えるから」と宥めた。

「何があったの?」

廊下に面する壁の中央あたり背をつけ、あぐらをかいたカルマが早々に本題へ入った。体育座りをしたなまえは自分の膝を見下ろしたまま、渚がE組へ落ちたことを説明した。それに対するクラスメイトの反応や、流されるままに自分がメールアドレスを消してしまったことを話していると、なまえの目に涙が浮かんだ。それはしばらく表面張力で震えていたが、やがて耐え切れずに彼女のスカートへとこぼれ落ちていく。

「私、何も言えなかった。渚が聞いてるのに、かばってあげられなかった。名前ちゃんに合わせる顔もない」

とうとう嗚咽交じりになったなまえの頭にカルマが手を伸ばした。丁寧に前髪を撫でつける指先はぬるく、彼女の涙腺はますます緩んだ。

「何も泣くことないじゃん。悪かったと思うなら、二人に謝ればいいんだし」

「でも、わたしっ……なんて謝ればいいのか……」

「大丈夫だから、泣き止んで」

カルマはまるで子供をあやすように、ずっとなまえを慰め続けた。その甲斐あって彼女は落ち着きを取り戻し、最後は濡れた自分の頬を手の甲で拭った。

「カルマ、ありがとう。私やっぱり、渚や名前ちゃんとしっかり話す」

「俺も一緒に行こうか?」

彼の提案に、本当のところ彼女は甘えてしまいたかった。けれどそれでは意味がないと思い直し、静かに首を横に振った。

「ううん、一人で大丈夫」

「そう。頑張ってね」

カルマは穏やかに微笑むと、なまえの手を握りしめた。そのまま持ち上げて唇を寄せると、少し涙でぬれた手首を舐めた。なまえが驚き息を呑む姿を上目に見て、カルマが小さく笑った。彼女を解放して立ち上がると、伸びをしながら腕時計を確認する。

「そろそろ授業終わるね。戻ろうか」

「あ、うん。そうだね」

先ほどの行為をまるで意識していないようなカルマの態度に、彼女はなおさら羞恥心を抱いた。慌てて立ち上がり、彼の目を見ないままに教室を出る。

静かな廊下を並んで歩くうちに、なまえの心は穏やかになっていった。教室へ戻って、四時間目が始まる前の休み時間に二人へ謝ってしまおうと考え、自然と歩くペースも速くなった。

だからこそ、教室に名前の姿がないことに気づいた時、なまえは戸惑った。クラスメイトに話を聞くと、何やら渚と喋った後に教室を飛び出していったという。出鼻を挫かれたような思いだった。

渚の周りには相変わらず近寄りがたい空気が漂っていて、彼女は怖気づいた。タイミングを見計らっているうちに一日が終わり、逃げるように帰宅した渚を追いかける勇気も持ち合わせていなかった。カルマが「まだチャンスはあるよ」と慰めたが明日から冬休みに入ることもあって、なまえはこのまま渚との関係が途切れてしまう予感を拭えずにいた。

「やっぱり俺が一緒に行こうか。帰りに二人の家、寄ってく?」

さっきまでの威勢を忘れ、放課後の教室でうだうだ悩むなまえにカルマが提案した。けれど彼女がその救いの手にすがりつこうとした途端、教室に戻ってきた大野が顔をのぞかせて彼の名を呼んだ。どうやら出席日数がいよいよ深刻なようで、カルマは担任と時間をかけて話し合う必要があった。タイミングの悪いことが続くなあ、となまえは頭を抱えたくなったが、自分のことを気にかけた様子のカルマが面談を断ってしまったら、彼までE組へ行く羽目になるかもしれないと思い、一人でも大丈夫だと彼を見送った。

そうして彼女は完全に、渚や名前に謝罪する機会を失ってしまったのだ。









冬休み中、なまえは学校の誰とも会わなかった。その理由は母の実家へ帰省していたり、一番仲の良かった名前と気まずいままだったりと様々だった。カルマとさえ一度も会わなかったのは、彼が足りない出席日数のために冬期講習を受けることを強制されたり、大量の課題を出されたりしたせいで多忙だったからだ。

なまえとカルマは会えない時間を埋めるように、一日に数度のメールをやり取りしていたのだけれど、ある日を境にカルマからの返信が途絶えた。しかし元々カルマがメール無精であったことや、冬休み明けに渚と名前に謝る算段を考えるのに精いっぱいだったこともあり、彼女はさほど気にしていなかった。

長期休暇はあっという間に終わった。緊張しながら学校へ行くと、渚の席が撤去されていた。なまえの胸は強く痛んだ。やはりちゃんと彼に謝らなければと、決意を新たにしながら教室を見渡す。まだカルマも名前も来ていないので、彼女は自分の席に座った。

(カルマには昨日メールしたし、学校が始まることを忘れてるわけではないよね……?)

不安になって送信フォルダを覗けば、確かに連絡した形跡が残っていた。しかしそれに対する返信はなく、今になって彼女は胸騒ぎを覚えた。

名前が教室に入ってくるのを横目に見たけれど、妙に落ち着かなくて、彼女は話しかける気にならなかった。昼休みになったら話しかけよう、と自分に言い聞かせ、カルマにもう一度メールを送ろうとする。しかし文面を考えているうちに大野が入ってきて、ホームルームが始まってしまったので、彼女は気づかれないよう細心の注意を払いながら机の下でスマホを扱った。

「赤羽がE組行きになった」

開始早々に伝えられた連絡事項に、教室が一気に騒がしくなった。なまえの耳は担任の言葉を確かに拾ったが、その意味がすぐには理解できず、スマホ画面から顔を上げるまでの時間がとてつもなく長いものに思えた。

たっぷりと間を置いて言葉の意味を理解した彼女は、次に疑った。カルマの頭がとても良く、今回の期末テストでも実力を発揮したことを知っていたからだった。

彼がE組に落ちる理由を考えて、真っ先に行き当たったのは渚のことだった。まさか彼を追って、と考えかけて、さすがに現実味がないと打ち消した。ひょっとしたら出席日数を補う冬期講習をさぼったのかもしれない、という代案の方がまだしっくりきたが、そこまで彼が先を見ない行動をするとも到底思えなかった。

なまえの目に映った担任は、渚のE組み行きを告げた時よりも苛立っているように見えた。しかしそれ以上のことは言わず、すぐにホームルームを終えて教室を出て行こうとした。呆然と見送りそうになって、なまえは我に返った。素早く立ち上がるとスマホを机に叩き付けるように置いて、担任の後を追った。

「大野先生……!」

廊下を少し進んだところで彼を引き留めることに成功した。彼女は呼び止めたはいいが、なんと問いかけていいのか分からなくて言葉に詰まってしまった。少し荒くなった呼吸を落ち着けながら、ただ立ち尽くして戸惑っていると、担任が何かを察したようで、露骨に表情を歪めた。

「赤羽のことか?たしかお前らいつも一緒にいたな。付き合ってんだろう」

教師にデリケートな部分へと触れられ、彼女は返答に窮した。けれど知りたい欲求の方が勝って、その問いかけには答えずに、覚悟を決めて質問した。

「何故、赤羽君が、E組に?」

「アイツは三年トップの優等生に暴力をふるって、大怪我をさせたんだ!」

顔をしかめた大野が、声のボリュームを上げる。あいつのせいで俺の評価が、と続いた言葉は彼女の元へは届かなかった。

暴力という単語が、なまえの耳にやけに残った。東京見学の際、一生懸命になって想いを伝えたのに、カルマに何の影響も及ぼせなかった事実がショックだったのだ。

「お前もあんな不良と付き合うの、やめろ」

冷たく言い放った大野が時間を確認して踵を返した。彼女は遠のく背中に文句ひとつ言えない自分を情けなく思った。










昼休みに名前に話しかけるのも忘れて、放課後になるとすぐにカルマの家へ向かった。インターホンを鳴らすと本人が出て、名乗ったなまえに少し待つように言う。しばらくして開いた扉を開けたカルマはスウェットを着ていた。どうやら寝ていたらしく、頭にすこし寝癖がついていた。

「部屋おいでよ」

「……うん」

いつもより重い空気が彼女にとって気まずかった。部屋へ行くといつものようにベッドへ座るように促される。二人で並んで座ると、いつもはカルマから話しかけたりスキンシップをとったりするのに、今日は何もせずに正面を虚ろな目で見つめているだけだった。

なまえは少し話をしてから本題に入ろうと考えていたのだけれど、彼のいつもと違う雰囲気に普段の態度で接することなどできなかった。重い空気に耐えかねて、すぐに核心に迫る問いかけをしてしまう。

「どうして、暴力なんかふるったの?」

カルマの眉がぴくりと動くのを見た。ここで初めてなまえの方を見た彼の表情は、明らかに不機嫌さがにじみ出ていた。

「……またそれ?俺、その話したくない」

突き放すような言い方に、彼女は悲しみを抱いた。彼は普段から愛の言葉を紡ぐようなタイプではないが、優しくないわけでもない。名前や渚と気まずい空気になってしまった彼女を慰めていた時のように、基本は思いやりを持って接しているのだ。

だからこそ、こんな風に冷ややかな態度をとられると、彼女はいつも緊張した。しかしここで嫌われないように引き下がってしまったら、渚たちのような付き合いがしたいと思って頑張った東京見学の日の自分の行為が、本当に無駄になってしまうと考えた。なまえはカルマの腕に手を添え、真っ直ぐな視線を向けて食い下がる。

「私、言ったよね。暴力はよくないよって。だって、カルマだって傷つくことがあるかもしれないんだよ?」

「関係ないじゃん、なまえには」

売り言葉に買い言葉と言ってしまえばそれまでだが、ずっと不安だったなまえを刺激するには十分だった。

「関係なくないよ!私、カルマのなんなの?カノジョじゃ、ないの?」

なまえはため込んでいた思いを吐き出すように叫んでしまった。彼は勢いに押されたのか、答えられなかったのか、沈黙が訪れた。虚ろな視線を宙に漂わせている彼をもどかしく思っていると、掴んでいた腕を払われて、逆に手首をベッドに縫い付けられた。至近距離で目線がぶつかる。その瞳は挑発するように彼女を覗き込んでいた。

「じゃあさ、彼女なら俺と一緒にE組来てよ」

その言葉になまえは頭の中が真っ白になった。いつも彼が笑う時みたいに細められた目に温かみを感じなくて背筋が冷えた。答えられずに呆然としていると、カルマの表情が消えた。今までに向けられたことのないような冷めた顔だったけれど、それは先ほどより温度にちぐはぐさがなくて、自然なことのように思った。

「なまえは流される自分が嫌いだって言ったね。だけど、俺は流されるアンタだから好きになったよ。ヤらせてくれたのも流されたからだよね?」

手首を痛いほど握られて、二人の距離が縮まっていることに気づいた。そして瞬いた瞼を開いた時にはカルマが目の前まで迫っていて、首筋に噛みつくようなキスをした。顔をかすめた髪の毛がくすぐったくて、彼女は先ほど背筋を冷やした何かがじりじりと上り詰めるのを感じた。

「また俺に流されてよ」

カルマがなまえの肩を押した。彼女にとって、流れていく部屋の景色は、とてもゆっくり映った。反射的にすがろうと伸ばした自分の手が視界にフレームインして、赤く塗りつぶした爪が見えた。

(このまま倒れ込んで、カルマに組み敷かれて、要求を受け入れれば、元通りになるの?)

流されがちな彼女の思考がそこまで回ったけれど、いつもより乱暴に腕を押さえつけられて、それがただの願望に過ぎないことを理解した。途端に目頭が熱くなって、抑えの利かない感情が膨れ上がった。スカートの中にもぐりこんだ手を思い切り払うとカルマの瞳が見開かれた。今まで一度も抵抗されたことのなかったカルマだからこそ、なまえの行動が想像できなかったらしい。

彼女はカルマの胸を強く押し返して、起き上がった。呆気に取られている彼をどかすことは、思っていたよりずっと容易かった。

「私はカルマの人形じゃない……っ!都合のいいオモチャなんかじゃ、ない!!」

感情に任せて叫ぶと、勢い余って涙が一粒落ちた。しかしなまえは気にも留めず、カルマを押し切って立ち上がると、床に置いてあった自分の鞄を引っ手繰って部屋を飛び出した。

彼女は玄関を出たところで背後を振り返ったけれど、カルマが追いかけてくる気配はなかった。それに胸の奥が抉られるような痛みを持ったが、気づかないふりをして走り出し、カルマの家を後にした。




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