Revive | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
02




「もうすぐテストが近いから、E組に落ちたくなきゃ勉強しっかりしろよ。――以上でホームルームは終わりだ。赤羽は職員室来い」

「えー?なんで」

「おまえの出席日数のことで話があるんだ。なに、すぐ終わるさ」

突然の呼び出しにカルマは不満げな表情をしたが、仕方なしといった様子に肯定した。それから少し離れた席にいるなまえを振り向き、目で待っているようにと訴えるので頷いて見せた。

渋っているが、従うということは担任をそこまで悪くは思っていないのだろうと、彼女は考えた。担任は成績のいい彼を気に入っていて、素行の悪さに目をつぶっている。露骨な態度でひいきをされれば悪い気はしない。きっとカルマにとって担任は都合のいい教師だ。

学級委員の号令でホームルームが終わり、教室が一気に騒然となった。部活に行くために飛び出す者や、友人同士でお喋りを楽しむ者。居残って勉強を始める者もいた。なまえは席に座ったままスマホをいじってカルマの帰りを待った。しばらくして教室のざわめきが落ち着いたころ、片隅で一部の生徒が話す声が聞こえてきた。

「赤羽ってさ、調子乗ってるよな」

声の主が大声で話していたというのもあるけれど、彼女の耳はしっかりとその言葉を拾ってしまった。スマホに滑らせていた指がとまり、恐る恐るそちらを盗み見る。四人の男女が集まって、くつろいだ様子でお喋りをしていた。

「成績いいからって何しても許されるのかよって感じ」

「あんなやつE組に行っちゃえばいいのに」

次々と彼に放たれる悪意に、なまえは萎縮した。せめて自分に意識が向かないよう息を潜めて耐え抜こうとする。大切な人の悪口を言われているのに文句ひとつ言えないことが情けないとは思ったが、体は凍ったように動かなかった。

カルマが戻ってきて彼らの悪口が止まることを必死で祈っていると、教室の扉が開いた。顔をあげたなまえの目に映ったのは期待していた人物ではなく、どこかに行っていたらしい渚と名前だった。すぐさま彼女は自分の存在を隠すように俯いた。しかし視線を感じた名前が気づいてしまい、歩み寄ってくる。さらにカルマの悪口が耳に届いてしまったらしく、その表情を曇らせた。

なまえは彼女に慰められる自分を想像して、みじめな気持になった。優しい名前はきっと、こちらに来て声をかけるだろう。心音が早くなっていくのを感じながら、それでも動けずにいると、聞こえていた足音が自分から遠のくのが分かった。意外に思って面を上げると、彼女は真っ直ぐと教室の片隅へと歩いて行った。未だ入り口に取り残されている渚も現状を理解したのかうろたえていた。すぐ近くで足を止めた名前に、悪口を言っていたクラスメイトが一斉に視線を送る。けれど彼女は怯む様子もなく、おもむろに口を開く。

「陰口なんて言うのやめなよ」

直球な言葉に誰もが唖然とした。なまえもだった。名前は確かに人の悪口を言うような子ではなかったけれど、それを他人にも求めるような子でもなかったからだ。

「はぁ……?自由だろ、俺たちが誰の愚痴言ったって」

食い下がった一人の生徒に彼女の目が鋭くなった。名前は半歩引いて友人を一瞥し、「なまえちゃんの前で無神経だと思わないの?」と言い放つ。予想外の言葉に心臓がひときわ高く跳ね上がった。教室中の視線が刺さってなまえは居たたまれなくなる。

名前の発言は、彼女であるなまえの前で、カルマの悪口を言うのは酷いという意味だろう。二人の関係を信じて疑わない彼女の様子になまえは羞恥した。本当は立場が曖昧なことを伝えていないことに対して罪悪感も覚えた。

悪口を言っていた集団もなまえとカルマが付き合っていると思っていたらしく、少しだけバツの悪そうな表情をした。でもすぐに、先ほど言い返した男子が踏み出した。「だからなんだって言うんだよ」名前を睨み付けながら吐き捨てるように言う。「いい子ぶってんなよ」

彼女はこの言葉に少なからず苛立ちを覚えたようだった。同じように踏み込むと、思い切り息を吸い込む。それでも声は落ち着いていて、凛としていた。

「いい子ぶってなんかないよ。私はただ、なまえちゃんの気持ちを考えて欲しくて――」

そこで言葉が途切れ、なまえはつられて顔を上げた。すると先ほどまで入り口にいたはずの渚が名前の腕を掴んでいた。今にもヒートアップしそうだった喧嘩は静まっていて、みんなは乱入した渚に目を見開いていた。

彼は悪口を言っていた人たちを少しも見ずに、身を翻して彼女を引っぱった。自然と連れられていく名前。その光景をぼんやりと見ていると、なまえと渚の目が合った。彼は方向転換してなまえの手も掴むと、そのまま二人を廊下へ連れ出した。なまえは教室にいても居心地が悪かっただろうと思い、渚に深く感謝した。

「あんな風に言うのはよくないよ」

扉を閉めるなり、渚がたしなめる。いきなり否定された名前は少し不満げな表情をした。

「どうして?渚君は赤羽君の悪口言われて腹が立たなかったの?」

「そりゃ、いい気はしないけど、喧嘩腰になったら伝わるものも伝わらないよ」

キッパリと言った渚に、なまえはとても驚いた。先ほど喧嘩を止めに入った時といい、彼の堂々とした振る舞いは予想外だった。名前にも同じことが言えるが、普段は大人しくて出しゃばるようなタイプではないのだ。

名前は否定されたことに戸惑ったような顔をしたけれど、あくまで冷静に反論の言葉を返した。

「……喧嘩腰になんてなってない」

「なってたよ。すごく攻撃的だった。名前ちゃんにそのつもりはなくても、普段おだやかだから周りはそう感じたと思うよ」

彼女は口を開きかけて閉じ、なまえへ窺うような視線を向けた。

「……そう感じた?」

突然話題をふられて戸惑ったが、なまえはコクコクと頭を縦に振った。

「お、驚いたかも」

やっとの思いでそう答えると、彼女はまだ少し眉を寄せていたものの、渚に向き直って「そっか……ごめんなさい」と頭を下げた。

「名前ちゃんが言ってること正しいの、分かるよ。だけど、名前ちゃんのことも心配してるんだよ。もしも喧嘩相手が逆上して殴られたりしたら危ないでしょう。女の子なんだから」

「……うん、ごめん」

今度は心の底からの謝罪のようだった。二人の関係が修復したことになまえが安堵していると、名前がそちらを向いた。しばらくの沈黙のあと、言葉を選ぶように一つ一つの単語を慎重に渡していく。

「なまえちゃんは、もっと堂々としてもいいと思う。赤羽君の彼女なんだから、誰よりもあの場で怒る権利があったんじゃないかな」

ちくりと針で刺されたような痛みを感じたけれど、なまえは頷いて見せる。

「そう、だよね。庇ってくれてありがとう」

思いのほか声が震え、なまえは誤魔化すように笑顔をとってつけた。そんな様子を心配そうに見つめたあとで、名前は「ちょっと飲み物買ってくるね」と背を向けた。

止める間もなく離れて行った彼女を見送り、普段あまり怒らない人が怒ることは、すごく体力がいることだろうなと考える。名前は一人になって気持ちを落ち着かせる時間が欲しいのだろうと、なまえは予測した。

「教室入る?」

渚が提案したけれど、気まずさがあったので「もう少ししたら入る」と答えた。教室の壁にもたれると、渚が隣で同じようにする。

「じゃあカルマ君と名前ちゃんが戻るのここで待とうか」

彼が気を使ってくれているのだと分かり、なまえは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。目を合わせる自信がなくて、自分の上履きを見つめたまま極力明るい声で言う。

「私、渚と名前ちゃんの関係って羨ましいな」

「え?」

予想しなかった言葉に、渚は上ずった声を上げた。彼女は構わず続ける。

「二人があんなにはっきり伝えることのできる人だと思わなかったの。普段の二人は大人しいっていうか、空気を読んでいくタイプでしょう?」

「そうかな?」

「うん。でも、すごいね。私も悪いことは悪いって言い合えるような仲になりたい」

渚が言葉を詰まらせるのを空気で感じ、今の言い方ではカルマとの仲が上手くいっていないと誤解されたかもしれないと考えた。けれどなまえは、あまり誤解ではないかもしれないと思い直し、自嘲気味に息を吐いた。そして何事もなかったかのように昨日見たテレビの話題を取り上げたので、渚もそれに乗るしかできなかった。










職員室を出たカルマが教室へと戻る途中、名前が歩いてくるのが見えた。カルマは足を止めて、彼女を待ちうける。

「名字ちゃん」

声をかけると驚いたように顔をあげて足を止めた。そしてそれから変化した表情がどこか浮かないような気がして、カルマは「どうかしたの?」と尋ねた。

「なんでもないよ」

名前は平然とした声で答えて、少し考えてから「なまえちゃんが教室で待ってるよ」と付け足した。そう言われればカルマは追究することもせず「ありがとう」と返して二人はすれ違った。

けれどしばらくして背後から呼び止める声。振り向くと少し離れた場所から、意思の強さを感じさせる瞳が真っ直ぐとカルマを見据えていた。

「あのさ、あの子の赤いマニキュア、可愛いよね」

脈絡のない話題に一瞬だけ混乱したけれど、「あの子」というのが誰を指すのかはすぐに分かった。

しかしその意図が分からず、不用意に言葉を紡ぐごとを避けていると、名前は最初から反応など待っていなかったかのように続けた。

「赤羽君の色だよね」

それから今度こそ背を向けて、名前は立ち去った。カルマは思わず呆けて見送ったが、彼女は振り向きも立ち止まりもせず、上履きと廊下のこすれる音だけを残して行った。





名前の言葉を脳内で繰り返しながら、カルマは昔の情景を呼び覚ましていた。

記憶の中のなまえは『赤羽って髪の色きれいだよね』と笑っていて、過去の自分はそれにとても驚いた。何故ならこの進学校では多くの者がカルマの髪色を見て不快そうにしていたからだ。頭が悪そうだとか、何の意味があるのだとか散々言われたことはあったが、ほめられたのは初めてだった。

元より彼女が自分の気まぐれな性格に合わせていることには気づいていた。そして、その言葉を聞いた瞬間、そうまでして好かれようとしている理由を直感した。試しに伸ばした手を頬に添えると、なまえは面白いくらいに肩をすくめた。カルマは新しい玩具を見つけた子供のように微笑むと、そっと自分の唇を彼女の唇に重ねた。震える体で必死に自分を受け入れる彼女に、予感は確信へと変わった。高揚感や愛しさやらに支配され、初めての口づけなのに優しくできなかった覚えがある。それでもなまえは幸せそうな表情をしていたので、カルマは悪い気がしなかった。

それ以来、二人で過ごす時間が増えたけれど、なまえは面倒な女子とは違って確かな言葉を要求しないし、適度な距離感を掴んでくれて楽だった。彼は彼女を選んで正解だと思っていた。

いつもカルマを優先し、拒むことなく全てを肯定するなまえを彼は確かに愛していた。けれどそれが純粋な気持ちからくる想いなのかは分からなかったし、疑問さえ抱いたことがなかった。





カルマが教室へ戻ると、廊下で渚と喋るなまえがいた。自分の姿を見つけた途端に安堵したように表情をほころばせる彼女を見て、カルマの奥底で欲がうずいた。

「帰ろう」

教室に入るとなまえもカルマを追って鞄を手にした。廊下で待っていた渚に二人は手を振った。その時に見た彼女の赤い爪が、カルマ満たし、気分を良いものとした。




Next

130529