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【貴女のうなじは綺麗です】




※サンプル



「彼氏に振られました」
 もったいぶっても仕方ないと、ビールが七つそろうと同時に宣言した。三者三様のリアクションをとる彼らと視線を合わせず、ジョッキを高く掲げて「乾杯」といえば、不意を突かれて慌てた様子だったものの、続いた声はきれいにそろう。さすが六つ子だ。
「それはまたなんというか……ご愁傷さま?」
「何ヶ月?」
「二ヶ月」
「続かないなぁ〜」
 呆れたように言うチョロ松だが、彼自身に恋人がいた試しはない。私は向かい側に座る彼の足を軽く蹴った。
「やっぱ猫かぶって付き合い始めてもダメだろ?」
「かぶってない」
「いやいや……。お前、俺らの前と彼氏の前と、別人格かと思うぐらい性格違うじゃん」
「もういいよ、終わったことなんて。今日はやけ酒付き合ってよね!」
 仕切り直すようにそう言って、すぐさまジョッキを空にした。
 振られた理由はよく分からない。「お前は俺がいなくても大丈夫そうだから」というのが彼の主張だった。仕事の忙しさにかまけて、こまめな連絡を怠ったのは反省すべき点かもしれないけれど、それは自分だけではなく、二人の問題だと考えていた私は、この別れが腑に落ちていない。しかしそれを伝えてまで関係を繋ぎ留めたいと思えなかったのは、自分でも薄々感じていたのかもしれない。「わかった、今までありがとう」と別れてきたのがつい先程の話。胸の奥に鈍い痛みは残っているが、六つ子とくだらない話をしている間は忘れることができる気がした。
 ラストオーダーの時間が近づく頃にはすっかり酔い潰れていた。「大丈夫?」と背中をさするトド松に対し、ろくに返事もできない。机に突っ伏し、それでも酒瓶は握ったまま、うずまく意識の中で、赤らんだ顔の六つ子を見渡す。
「……思ったんだけどさ、あんたは理想が高いんじゃないの」
 ぼそぼそした喋り方は四男の一松だ。私の視界はぼやけて機能せず、六人を声で聞き分けていた。「そんなことない、今回は私がフられたんだってば」と言いたくもないことを言わされた虚しさに、言葉が少し棘を持つ。
「一松の言ってることもあながち間違いじゃないよな」おそ松が追撃する。「お前は昔から出来の良い奴とばっか付き合って、それでちょっとでもイメージと違うと冷めてただろ? 自分からフらなくても、その態度が相手に伝わって関係が途切れたりしてたじゃんか」
「何、おそ松まで」
「婚期逃しちゃうよ?」
 彼にとっては普段の軽口だったのだろう。酒で熱のこもっていた脳内が、瞬間的に冷却されるのを感じた。体を起こすと、皆の視線が集中する。
「妥協して俺らの中の誰かと付き合ってみたら? いい加減身の丈にあった恋愛しろよ」
 そうだそうだと言わんばかりにうなずく六つ子に腹が立った。いつもだったら「失礼な!」と肘鉄を食らわせて終わりだが、何故か感情を処理しきれない程に苛立った。自分で思う以上に失恋の傷が深かったのかもしれない。私は残っていたハイボールを一気に煽り、ジョッキを叩きつけるようにテーブルに置く。
「あんたらみたいな社会の底辺と付き合うわけないじゃん! せめて働いてから言ってよね!」
 手の中で携帯が震えて、意識が戻ってくる。既読がついたのに反応を示さなかったことを気にしているのか、トド松が心配げに謝罪を重ねているらしい。昨日の失態を思い出してからメッセージを読み直すと、罪悪感を抱かざるを得ない。いつも通りご飯代を多めに払ったことにまで感謝の意がつづられていて、トド松ほど礼儀正しい子を、他のクズ兄弟と一緒くたにしたのは失礼だったと後悔する。そんなに気にしないで欲しいという旨と、こちらも言い過ぎたと謝罪するメッセージを送ると、すぐに返信がきた。『お詫びがしたいんだけど、今日も会えない?』と尋ねられ、大した用事もなかった私は快く承諾した。
 支度をしようと体を起こすと脳みそが重力に従い転がった。二日酔いの薬を飲まなければと、気だるい体に鞭を打って、温かい布団をはねのけた。



・おそ松さんの夢小説アンソロジーに寄稿した一松夢
・A5 / 右綴じ / 104ページ / 全年齢向け / 800円
・ネームレスまたは梅竹ナナ江のデフォルト名

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