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僕は骨、君はまたたび




※サンプル



 雨上がりの草履のしっとり感、爪を切った翌日、昼下がりの猫の肉きゅうの匂い。

 掛け布団を隔てて外と内。膝を抱えて隅に座る彼女の重みを、つま先のあたりに感じていた。一定の調子で音を紡ぐ声も、ひらめきに綻ぶ横顔も、どこもかしこも柔らかそうで、自分の腕の中にしまいたい衝動に駆られる。
 これまではずっと我慢していた。だけど、今夜は。

「寒くありませんか」

 僕の問いは間合いが悪く、彼女の言葉をかき消した。「お風呂で聞こえる水の音」と、後からかろうじて内容を理解した時、振り返ったその目に見下ろされる。

「寒くないよ」
「言い間違えました。僕が寒いんです」

 上半身を起こして手を伸ばす。手首を掴んで引きずり倒すが、虚をつかれたのかまったく抵抗しない。罪悪感を抱きそうになったので、そこからは優しく布団の中に招き入れた。

「曽良くん」
「……なんですか」
「実はちょっと寒かったの。ありがとう」

 芭蕉さんから俳句のできを褒められ、頭を撫ぜられた際の笑顔と重なる。幼いころのやり取りが、吹き出すように脳裏を埋めた。身をよじるように寝がえりをうち、彼女に背を向ける。

「もうじき子の刻になるね。続けるよ」

 彼女の心地よい音が、再び韻律を刻む。僕はまぶたを閉じ、背後の冷え切った体に全神経を集中させた。

   ▼

 数えで十になった頃、松尾芭蕉の元で俳句を学び始めた。たくさんいる弟子の中で熱心に習っているのは、自分を含めたごく一部の人間だったので、僕はいつしか周囲の人間を見下していた。

「曽良君の俳句はすごいねぇ」

 芭蕉さんの汎用性のある誉め言葉は聞き飽きていた。誰の名前でもまかり通るそれは、たやすく他人へも向けられた。くだらないおしゃべりに興じる有象無象が作り上げた、俳句とも呼べないような代物と、同じ言葉で評価を下されるのは癪だった。



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