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息をひそめて




「なまえ先輩、こんにちは」

対戦ブースのソファにもたれてスマホをいじる姿に見覚えがあった。背後から声をかけて、その人物に挨拶をすると、首をこてんと背もたれに乗せた。逆さまに目が合った途端、満面の笑みになる。なまえ先輩はスマホをしまいながら、片手をあげた。

「うっす、遊真。元気?」

「元気。先輩はいま何してるの?」

「さっきまで陽介と模擬戦してたとこ」

聞きながらソファの前までぐるりと回ると、彼女も体を起こして姿勢を正した。浅く座り直して、こちらを見上げる。

「どっちが勝った?」

「3−7で負けた〜。遊真は何してんの?」

「防衛任務が終わって、ちょっとうろうろしてた。ねえ、おれとも模擬戦してよ」

「もちろんいいよ〜。でも五本勝負ね。ちょっと疲れちゃった」

立ち上がった先輩が、すれ違い様に前髪を撫でて、気分が高揚する。五本勝負なのは残念だけど、模擬戦は楽しい。中でもなまえ先輩との戦いは、どうしようもなく気持ちが高鳴った。

ブースに入って諸々の手続きを済ませると、街に転送された。レーダーで先輩の場所を確認する。少し距離があるので、グラスホッパーを出し、移動した。早く戦いたい。気持ちに急かされながら敵の印のある方へ向かうと、民家の屋根に立って、先輩が待ちかまえていた。

一度、手前の屋根に足を置いてから、二歩目で大きく踏み込んだ。風の轟音を、太刀のぶつかる音が裂く。スコーピオン同士がぶつかって、刃が欠ける。間髪入れずに先輩が脚を振り上げた。眼の前を切っ先が過ぎて行った。刃の生えたつま先を寸前でかわしたけれど、立て続けにスコーピオンを振り回されて、体勢を崩しそうになる。

そこをなんとか持ち直し、同時にグラスホッパーを使って先輩の背後に回り込んだ。不意をついて思い切り背中を切りつけると、先輩は屋根から落ちて前宙し、こちらに向き直るよう体をひねりながら着地した。立て直す暇を与えずに飛び込もうとするも、彼女の周辺に漂うトリオンキューブに気づいて踏みとどまる。退くように高く飛び上がれば、先ほどまで自分のいた場所に、アステロイドが降り注いだ。

「先輩スコーピオンの二刀流やめたの?」

「そう。いま色々試してるの」

よーすけ先輩にいつもより負けていたのは、そういう訳かと納得する。また降りかかる弾が、防ぎきれずに体を削っていく。それを見て歯を出して笑った先輩に、胸の奥がぎゅっと狭まるような感覚を覚えた。もっと刃を交える戦いがしたいのに、アステロイドに阻まれる距離が、もどかしい。

いつからだろうか。なまえ先輩とのランク戦が、誰とやるよりも楽しくなったのは。こなみ先輩とやる時も、ミドリカワとやる時も、バトルはワクワクする。だけど、なまえ先輩が一番ドキドキするし、夢中になれる。なんとしてでも先輩を倒してやりたい、そんな気持ちにさせられるのだ。

アステロイドには苦戦したけれど、なんとか距離を詰め、回し蹴りをわき腹に叩きこむことができた。横へ吹き飛ぶ際の表情が、痛みに歪むのを見て、随分前に先輩が、痛覚を若干残していると言ったのを思い出した。その方が本気で頑張れるでしょと、恥ずかしそうに前歯を見せて笑っていた。

もっと見たい。楽しそうな笑顔も、真剣な眼差しも、苦痛にしかめられる表情も、全部。先輩のいろんな顔を、見ていたい。

『みょうじ、緊急脱出。1−0空閑リード』

気づけば光に包まれた先輩が、空に打ち上げられていた。それを見て、充足より前に寂しさを感じる。

もう一本取ってしまった。一つ終わりに近づいたのを理解し、切なさが胸に広がる。

なまえ先輩と無限にでも戦い続けたいというこの気持ちは、おそらくただの模擬戦への興味とは違う。その正体に薄々気づいていながらも、口にすることはしない。おれの知っている言葉じゃ、表現しきれないし、したいとも思わない。そんな暇があったら先輩に、ただひたすら向き合っていたい。

新たに転送された位置から、グラスホッパーを使って高く上空に飛ぶ。ずらりと並ぶ民家の隙間、すぐに先輩を見つけた。










「遊真って、ホント楽しそーに戦うよね」

「まぁね」

ブースを出た廊下で壁に背中を預けながら、二人で缶ジュースを飲む。負けちゃったからおごるよと、先輩が買ってくれたオレンジジュースを、大切に大切にちびちび飲んだ。

「戦ってる時の遊真の目、完全に獲物を狙う感じでちょっとゾクゾクする」

息をもらすように笑う横顔に、もっと大きく笑ってくれないかなと思う。きれいに並ぶ前歯が見たかった。

「それ、こなみ先輩にも言われたことある」

「やっぱみんなそうなんだ」

缶ジュースを煽りながら、ウソを見抜くサイドエフェクトを持つのが、自分で良かったと考えた。「おれの獲物はあんただけだよ」とは、心の中だけで呟く。

どのタイミングで攻撃を仕掛けるのが最適なのか、機会をうかがい続ける。本心をぶつけた時、なまえ先輩はどんな顔するかな。想像しただけで、体の芯がぼんやりとした熱を持って、今終えたばかりだというのに、もう模擬戦を挑みたくなっていた。




End

151017