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Cry Baby Cry




※R15くらい


「二番」

周りが唖然とする中、躊躇せずガンツへ言い放った西。続くかと思われた静寂は、黒い球体の両サイドが大きな音を立てて開いたことで破られた。さっきまで無かったはずの、普段使っているものより一回り大きい武器が立て掛けられていた。

武器を手にした彼の、黒々とした瞳がこちらを向いた。目配せして秘密の感情を共有するでも、意味深に潜在意識のやりとりするでもない。それは一方的に私の表情を確認しただけで、あっという間に逸らされたのだった。



「西先輩は、ガンツ部屋を出ないんですね」

他のメンバーは採点が終わるとすぐに出て行ったので、部屋には二人きりだった。

私より先にこの戦いを繰り返していたから、という理由で先輩と呼んだ時、彼は「キモい」と言い放った。でも、それっきりで、拒絶することもせず、銃を突きつけて辞めろと脅すこともしないので、きっとまんざらでもないのだ。

彼は百点分の星人の命、あるいは今後の自分の命と引き換えにもらった新しい武器を、品定めでもするようにベタベタ触っていた。もしかしたら、鑑定士にでもなったような気持ちなのかもしれないが、私から見るその姿は、新しいおもちゃをもらった子供そのものだった。

「こんな最高の環境、自分から手放すわけねェじゃん」

歪な笑みを浮かべる西は、恍惚としていた。私はそういう時、無性に彼の泣き顔を見たくなる。でも、彼が泣く時はきっと、彼の生命が絶えそうな時だから、そうならないで欲しいとも思っている。それは決して、彼への憐憫ではなく、私自身の保身のためだった。

西はいつも一人だった。

何故なら彼は、大抵、新しく入ってきたメンバーを囮にして生き延びる。周りの人間は死ぬか、助かっても彼を恨み、異端として弾き出す。

私も囮にされた一人だ。運良く死なずに済んだ私は、自分を見捨てた西のそばにいることを選んだ。そんな私を、周りは「頭がおかしい」と言った。西も意外そうにしていた。恨まれることはあっても、懐かれることはなかったらしい。最初の内は、キモい、ウザいと突き放そうとした。銃で脅すこともあった。それでもしつこく付きまとう私を、彼はやがて受け入れた。というより、意のままに操る駒として利用することを決めた。私は、その命令が自分の命に影響を及ぼさない限りは従った。この、わけの分からない環境で生き残るためには、狡猾で、信用ならない男でも、取り入る必要を感じたからだ。

彼のそばにいることを選んだ私も、実質一人になった。けれど、いくつかある選択肢の中から彼を選んだのは、正しいことだったと思う。事実、西の側にいることをけなしたり、反対したりしたメンバーはみんな、死んでいった。



「この武器、お前で試し撃ちしていい?」

「嫌ですよ。威力、未知数でしょ。スーツでも耐えきれないかも」

「だから、それをお前で調べンだろ」

向けられた銃口は偽りじゃない。壁に背を預けて座っていたせいで、じりじりと距離を詰められれば逃げ道がない。

男の悦びの表情が蛍光灯の光を背負い、陰った。自分の体を緩やかに締め付けるスーツの存在を思い出し、抵抗すれば、勝てなくても、引き分けにはなれるかもしれないと考える。

でも、それは間違いだ。私は弱者を演じ、彼の庇護欲をそそる存在であり続けなければいけない。恐怖に堪えるように目をつむると、西が吹き出すように笑った。目を開けると、腹を抱えて震えている。

「マジでびびってンのな。やるとしてもミッションの終わりに、殺さない程度にやるから安心しろよ」

物騒なことを、じゃれ合うように口にする。

以前、腕をもがれた記憶が熱を持って蘇り、肩のあたりがじくじくと蠢いた。

転送間際、不意打ちに、気まぐれに、ためらいもなく奪われた私の一部。もう、腕はすっかり生えているのに、失くした時の痛みと恐れは鮮明に残っている。

浮いた汗を手の甲で拭う。西はすでにこちらへの興味を失っていて、新しい武器をカバンにしまいこんでいた。










部屋の片隅で膝を抱えて座り込み、すぐに帰ろうとしない西を観察していた。いつものことだ。彼の時間の潰し方は、日によって様々だ。武器を使って遊んだり、私を使って遊んだり。

今日の彼は、ガンツに興味を示している。ノックしたり、蹴り飛ばしたり、球体の中にいる裸の男(私たちは玉男と呼んでいた)をつねったり。いろいろ試すけれど、反応がなく、やがて苛立ち始める。

こういう時、大抵の怒りは私に向けられるのだ。内心冷や汗をかきながら見守っていると、案の定、振り返った西は、つまらなそうな顔をしていた。

「お前こいつ動かしてみろよ」

私が、ですか。どうしてですか。そんな余計なことは言わない。言っても意味がないし、ナンセンス。彼が求めていることは言葉通りのことで、それ以上でもそれ以下でもない。瞬間的とはいえ、他の事への興味を失っている。良くも悪くも真っ直ぐだ。複雑そうな顔して分かりやすいので、取り入る分にはやり易い。

歩み寄って自分の銃を取り出す。球の中に腕を伸ばし、玉男の髪一つない頭につきつける。引き金をひこうとしたら、「それで、ガンツ壊れたらどうするよ?」と西が聞いた。「ガンツに生かされている俺たちも消滅するンじゃね?」

想像して、内蔵のあたりがひゅっとした。今さらになって、自分が仮死状態にあることを思い出す。反射的に銃を下ろし、玉男のすべすべの肌を見ていると、思案していた西が、ひらめいた様子で提案した。

「別のやり方してみろよ。いつも俺にやってること、玉男にもしてやれば?」

いつもやっていること、というのは、いくつもあったけど、彼の下卑た表情から想像できるものが一つあった。

「試してみろよ」

蹴っても、つねっても、銃をつきつけて脅しても効果がない。痛みが駄目なら喜びと快感を。北風と太陽みたいな話だ。

私はその場に膝をつき、傍らに銃を置いた。緩慢な動きで球体から飛び出したサイド部分をくぐり、玉男へ近づくが、ところ狭しと機械で埋められた中は、思うように進めなかった。

「先輩、これ以上は進めなくて、とても……わっ!?」

お尻を撫でる感覚に怯み、咄嗟に避けようとしたせいで、後頭部を思い切りぶつけてしまった。痛みにうずくまる私など気にせず、無防備にさらされた腰や股をさするのは、一人しかいない。制服のスカートをめくり上げられる感覚と同時に、舌打ちが聞こえる。

「スーツ着てんのかよ」

「さっきまでミッションだったから当然です」

「脱がせ辛いから、面倒。自分でやれ」

先輩と後輩の関係なんて、こういうものだ。気まぐれに振り回され、何一つまともに完遂できない。

玉男に触れるか触れないかの距離で、深呼吸した。覚悟を決めて後退りするように這い出た。西の、試すような視線が刺さる。

ベッドどころかソファすらないこの部屋は、どう考えても交わるために作られたものじゃない。だけど彼にはそんなことどうでも良くて、興味もなくて、きっと、それが本来なんのために存在しているかなんて、想像もしない。

まだ癒えない体中の痣を思い出し、辟易する。叩きつけるような彼の行為は、二人の間にあるもの、それ以外、いとも簡単に破壊していくのに、彼は微塵も気づかない。知らないふりをしているのかもしれない。

まるで私の体に合わせて作られたような、ガンツスーツを脱いでいく。あんまりぴったりだから、皮膚を剥いているような気になった。文字通り、西のために一肌脱いだ私は、そのまま彼に蹂躙されるため、息を潜める。

早くもズボンのベルトに手をかけている西。星人を惨たらしく殺して興奮しているような男が、至って普通な女の裸に勃起することが、なんだか可笑しかった。










お前みたいなやつが教室にいたら、何か違うのかもな。聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で呟かれた言葉は、気づいてはいけない彼の弱さだったので、なかったことにしたかった。けれど、それが許されないくらいにガンツ部屋は静まり返っていたし、私を組み敷く西は、明らかにレスポンスを期待していた。

いてもいなくても変わらないよ。その返答が彼の望む答えではないと分かっていた。だから言わなかった。彼のお気に入りの奴隷として、返すべき言葉を探す。しかし、そこで初めて、自分の中に正答がないことに気づく。浮かぶ言葉がどれも間違いだとわかるのに、その反対が見つからない。

何も言わない私が腹立たしかったのか、西が、私の首に手を回した。とっさにそれを抑え、締められることを阻む。彼はスーツを着ている。脱がされて、ほとんど無防備な状態の私が勝てる術なんてない。こんなところで絞殺されるのはごめんだった。

「先輩は私がいなくても、大丈夫」

強いから、と続ける前に、手を跳ね除けられて、首を締められた。どうやら私の回答は、彼の求める答えではなかったようだ。反射的に身を守ろうとしたけれど、徐々に込められる力に、目の前が霞んだ。西の長い前髪が垂れ、表情が隠れる。

「嫌なら泣けば?」

それはこちらの台詞だ。声にはならずとも、私は思った。

少年は泣かない。泣くことは、弱い人間のすることだと思っている。だから、弱い人間のはずの私が泣かないことが、どうにも気に食わないらしい。

実際、私は、強くもなければ弱くもない。涙が出ないのは、わざとでも、我慢しているわけでもない。もしかしたら、本当に命の危機が迫った時は、あふれ出すと思う。死にたくないと泣き叫ぶだろう。だったら、今、首を締められている私は命の危機を感じていないのか。呼吸機器を押さえつける白い手を引っ掻きながら、朦朧と自問する。

生きるために西に取り入ったのに、そのせいで西に殺されるなんて、馬鹿げている。どこか諦めに似たような気持ちを抱きながら目を閉じたら、解放された。空気が一瞬にして逆流し、自分が咽こんでいるのだと気づくのに時間がかかった。じわじわと脳髄に染み渡っていく酸素を感じ、首の裏に流れる血液の存在を意識した。

「帰る」

西はそれだけ言うと、ガンツ部屋を出て行った。私は一人残されて、緩やかに死へ向かう余韻を感じていた。

あの少年は、自分のことを、神に選ばれた特別な人間と考えているらしい。まだほんの子供だから、与えられた力を純粋に受け入れ、酔いしれている。

私は自分が、不条理な力に弄ばれる、駒にしか見えないから、彼のことが少し、うらやましかった。

「嫌なら泣けばいいのに」

誰もいない部屋で、同じ言葉を繰り返す。だけど、きっと西は私の前では泣かないだろうと分かっていた。

泣いて欲しい。

子供のように、泣きじゃくる彼を見て見たい。それは人が水をのみたいと思うような、純粋な欲求だった。










「一番」

西とそれ以外に見守られる中、なんのためらいもなく答えた。記憶や思い出と引き換えに、解放を願う私に向けられた感情は、ありきたりだった。羨望、嫉妬、憧れ。私自身、先に消えて行った先輩方に向けた感情だ。

ただ一つ、計り知れない感情があって、私はその正体を目で確かめたくて、堪らなかった。足の先から、糸がほどけるように、光に溶けていく体。周りの人間が生み出す雑音の中、強く握りしめた拳も消えてしまった。

もう、鼻まできている。記憶を失うタイミングはどこまで転送された時なのだろう、と頭の片隅で考える。

好奇心を抑えられなかった、純粋な私の目は、最後の瞬間、彼を見た。

そこにあったのは、普通の少年の、傷を負った表情だった。眼は見開かれ、眉は寄せられ、歪んだ唇の向こう、奥歯を噛みしめているのが分かる。しかし、その瞳に涙は浮かんでいない。

「嫌なら泣いてよ、西」

思わず口にした言葉は、すでに部屋から離れていたせいで、誰にも届かなかった。もちろん、彼にも、私の耳にも。




End

140804

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