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君だけの呪いじゃない



※サンプル



 山道に街灯はなく、闇に慣れた瞳だけが頼りだった。薄暗い車内には二人分の呼吸音が聞こえている。
「……狗巻君?」
 助手席の彼は何も返さず、じりじりと迫ってくる。後退りしても、すぐに運転席のドア側へ追い詰められてしまう。恐々見上げた先にはいつも通りの無表情があった。

   *

 狗巻君が私を嫌っているというのは、高専では有名な話だ。
「今日も無視されちゃったみたいだねえ」
 五条さんに声をかけられ、睨むように振り返る。対する彼はこの場から立ち去る狗巻君を、わざとらしく目の上に手をかざして眺めていた。いちいち相手にしていては身が持たない。よく苦労させられている同僚――伊地知さんを思い出しながら口を開いた。
「別に、無視はされてません。会釈してくれたので」
「僕なんかこの前、出合い頭にハイタッチしたよ」
「えっ……ホントですか? 何それうらやましい……」
 思わず本音がこぼれたせいで、 ひとしきり笑われてしまった。
「棘に何かしたの?」
 言われて思考を巡らせる。補助監督として何度か仕事に同行したことはあるが、会話らしい会話をしたことがない。彼と同学年の真希さんやパンダ君とはそれなりに良好な関係を築けているので、生徒受けが悪いわけではないはずだ。
 しかしどういうわけか狗巻君は目も合わせてくれない。話しかければ早々に距離を取られ、必要最低限のやり取りとなる。あまりに露骨なのでこうして噂になるレベルだ。
 ――狗巻君が私を嫌いなのは、高専では有名な話だ。というより、誰に対しても優しい狗巻君が私にだけそっけないのだ。
「心当たりはないんですけど……」
「……まぁ思春期だしね」
 五条さんらしからぬ無難な返しに違和感を覚えていたら彼が手を叩く。わざとらしいひらめきの合図に、嫌な予感がした。
「そうだ。二人きりで話してみたら?」
「いや……いいですよ」
「なんで?」
「なんでって……嫌ってる相手と二人きりとか誰だって嫌でしょ」
 私も学生の時は苦手な先生の一人や二人存在した。それも、なんとなく喋り方が嫌だとか、見た目が気に入らないとかそれぐらいの理由で。
「最低限のコミュニケーションは取ってくれてるんだから、とやかく言うのは可哀想じゃないですか」
「ふーん」
 納得していないようなトーンだったが、気に留めなかった。この話はこれで終わりと言わんばかりに「それじゃあ、お疲れ様です」とその場を後にした。
 今になって思う。私はあの時、もっと必死になって五条さんを説得するべきだったのだ。

「じゃ、そういうわけで〜、二人で任務行ってきてね」
「えっ!?」
 私の叫びが駐車場に響き渡る。
 隣の狗巻君を見られなくて、冷や汗が流れた。
「あの……私、五条さんと仕事って聞いて来たんですけど。車の鍵だけ持ってくればいいって言われたからホントにそれしか用意してないです」
「そんなに僕とがよかったの? 僕のこと大好きじゃん」
「……今嫌いになりました」
「まあ冗談はさておき……仕事に必要な物は大体これに入れといたから。そのまま向かっていいよ」
 じゃあもう忙しいから行くね、と言われてしまえば呼び止めることもできない。ふざけた人だけれど、引く手あまたなのは事実なのだ。
 振り返ると狗巻君も動揺しているらしく、少し悩んだように視線が逸れた。いや、これは嫌われているからか。
 渡された鞄に目を落とす。タブレットを取り出し資料を流し読みすれば、確かに彼一人でどうにかできるレベルの依頼内容だった。
「……無茶振りで申し訳ないけど、仕事は本物みたい。一人で大丈夫?」
「しゃけ」
 肯定の返事と分かりやすいように、首を縦に振ってくれる。ひとまずはその言葉を信じることにして、車の解錠をした。
「どうぞ」
 狗巻君は後部座席へ座った。緊張しながらドアを開け、運転席に乗り込む。発進する前に盗み見た彼は、頬杖をつき窓の外を眺めていた。

「これは……」
 駐車場に停めた車の窓からビルを見上げて絶句する。奇抜な色合いの塗装。派手な装飾。スマホで現在位置を確認するが、資料に記載された住所が表示される。つまり、この目の前にある「ラブホテル」が今回の仕事場ということだ。



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