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エンドロールまで、はなさないで



 「虎杖君って死んだふりしてる間、なにしてたの?」と尋ねたら「映画鑑賞」と返された。なんでも五条先生の考えた感情制御と呪力出力の訓練らしい。そういう鍛え方もあるんだぁと感心すると同時に天啓を得た。

 これ……めちゃくちゃ使えるじゃん!!





 虎杖君と別れてすぐさま食堂へ向かう。予想通り、一人で昼食を取る狗巻君の姿があった。
 今日はパンダ君も真希ちゃんも出張で不在なのだ。やるなら今しかない。

「狗巻君!」

 駆け寄った私に気づき、彼が顔をあげる。眠たげな目が最高にクールでカッコいい。牛丼を食べているのも男の子らしくて大好きだ。

「あのね、ちょっと修行に付き合って欲しいんだけど……!」
「しゃけしゃけ」

 彼は快諾すると、どんぶりを大きく傾け残りのご飯を一気にかきこもうとした。どうやら今すぐの事だと思ったらしい。

「ありがとう! じゃあ今夜、狗巻君の部屋に行くね!」
「……こんぶ?」

 訝しむ声に気づかないふりをして、早々にその場を後にした。
 約束さえ取り付けてしまえば、後はこちらのものだ。



 寮の自室に帰った私は、お風呂に入って念入りに体を洗う。おろしたての可愛らしいルームウェアを身に着けて、いい匂いのするボディークリームを塗りたくった。鏡の前に立って、おかしなところがないか、全身くまなく確認する。

「絶対……絶対に今日こそ告白するぞ……」

 鏡の中の自分に、言い聞かせるように声をかけた。
 私は狗巻君に、絶賛片思い中だ。わりとアピールしているつもりなのだけれど、狗巻君には気づいてもらえない。パンダ君や真希ちゃんにはすっかりバレているというのに……。
 やっぱり、ハッキリ言わなきゃダメだ。でも、せっかく告白するなら雰囲気を大事にしたい。
 そう……つまり今回の目的は修行ではない。狗巻君と恋愛映画を一緒に観て、甘い空気になることが目標なのだ。なんとかいい感じにして、どうにか想いを伝える!
 思い切り深呼吸をし、覚悟を決めた。虎杖君から預かった学長特製の呪骸を抱きしめ、勢いよく自分の部屋を飛び出した。



「こんばんは〜……」
「ツナ」

 ノックをすれば扉が開き、すぐに狗巻君が顔を出した。
 彼も私と同じく部屋着に着替えていた。見たことのないスウェット姿はいかにもプライベートな雰囲気だ。普段は隠れている口元の印も新鮮だ。

「いくら?」
「おっ、お邪魔します!」

 慌てて踏み入れる。途端に狗巻君の匂いが色濃く香って眩暈がしそうになった。
 うわ〜! い、狗巻君の部屋だ……。
 感動のあまり、つい立ち尽くして震えてしまう。真希ちゃんと入口から覗いたことはあるけれど、中に入れてもらうのは初めてだ。
 対する彼は落ち着いた様子で部屋の奥へ進む。ベッドに背を預けて床に腰を下ろすと「それで修行って?」と言わんばかりに首を傾げた。

「あっ、あのね……虎杖君に教えてもらったんだけどっ……」

 立ったまま説明をしようとしたら、ぽんぽんと、近くのクッションを叩いた。隣へ座るよう促されているのだ。あまりに可愛い仕草に胸がきゅんとなった。

「あ、ありがとう」
「しゃけ」
「それで、映画を観る修行……じゃなくて……、呪力コントロールを身に着けるために――」

 要領を得ない私の説明に対し、彼は嫌な顔一つせず度々相づちを打ってくれた。もうそれだけでとてつもない愛しさが込み上げていた。本当に優しい。狗巻君、大好き。

「――つまり、一緒に映画観て欲しいんだ」
「高菜?」
「えっ、まぁ……確かにだいぶ基礎だけど……ほら、……基礎って大事じゃん……?」

 さすがに苦しかっただろうか。しどろもどろに答えると、わずかな沈黙が流れた。ここまできて断られたら……と想像し、泣きそうな気持ちで彼を見つめた。狗巻君は静かに手をあげる。親指と人差し指をくっつけて、丸を作っていた。オッケーサインだ。不安が吹き飛び、強烈な安堵と喜びが込み上げた。

「ほんと!? やった〜!!」

 瞬間、抱きしめていた呪骸のアッパーカットが私の顎に入った。





「……ごめん」
「こんぶ」

 狗巻君がくれた湿布を顎に貼る。つんとした臭いが漂って、せっかく塗ってきたボディクリームの香りがかき消えた。
 めちゃくちゃ恥ずかしい……。今すぐ消えてなくなりたい……。でも、せっかく約束を取り付けたのだから、一緒に映画は観たい……。

「いくら?」
「う、うん! 大丈夫」
「高菜」
「えっ、でも……」

 狗巻君が、私から取り上げた呪骸をベッドの隅に放り投げた。多分、今の「高菜」は「危険だからこれはやめておこう」という意味だったと思う。せっかく口実になると思ったのに……。落ち込んでうつむいた私を、彼が覗き込む。

「ツナマヨ」
「……?」

 不意に手を取られたかと思うと、彼がそのまま呪力をまとわせた。ぎゅっぎゅと力を入れて握りしめられ、ようやくその意図を理解する。なるほど、呪骸じゃなくて、直接狗巻君にコントロールを見てもらうのね……。

「えっ!?」

 驚きの声に、彼がびくりと肩を揺らした。大声をあげてしまったこと、謝罪すべきなのだろうけど、こちらもそれどころではない。なんで当たり前に手を握ってるの!? 狗巻君の手、大きくてかっこいい!! 私、手汗かいてるんだけど!! というかあんまり近寄られると湿布の匂いがしちゃう……!!

「おかか?」
「ううん!! 全然!! ナイスアイディアだと思う!! これでっ、これでお願いします!!」

 私の様子がおかしかったのか、わずかに目を細めて笑った。
 彼は反対の手でローテーブルの上に乗せていたスマホを取ると、動画配信サービスを開く。どうやらこのまま映画を流してくれるらしい。……ちょっと待って。この小さな画面で? だらだらと汗が流れる。狗巻君は気にした様子もなく、繋いだ手を引っ張って、自らの方に寄せた。ベッドを背に並んで座り、肩同士がぶつかる。握り合った手はいつしか指が絡んでいて、一つのスマホ画面を覗くことで、頭と頭が触れた。

「!? ……!! ……!?」

 動揺する私を置いて、映画の再生が始まる。ちょっと、待ってこれ。何? こんなの……恋人じゃん。狗巻君、無意識なの? こういうこと誰にでもするの? それとも本気で修行だと思って、真剣に取り組んでくれてるの?

「おかか」

 至近距離で目が合う。絡んだ手を持ち上げて、見せつけるようにする。まだ物語も始まってないのに、もう呪力が乱れていると言いたいのだ。いたずらっぽく笑う姿に、ある可能性に思い至る。

「い、狗巻君、もしかして……わざと?」
「お〜か〜か〜」
「う、嘘だぁ……。や、やっぱり、わざとだよね!? ねえ……もしかして私の気持ち……」

 繋いだ方の手の甲を、唇に押し付けられた。呪力が顔に流れたかのように、頬が熱を持った。狗巻君はうっすらと口角をあげる。見たことのない、意地の悪い笑顔だった。

「うぅ……いつから知ってたの?」
「ツナツナ」

 ご機嫌な相づちが返されるばかりで、望んだ答えは教えてもらえなかった。
 さっきから、ちっとも呪力が安定しない。おそらく私の感情は筒抜けだ。狗巻君は私の手を弄ぶように撫ぜつける。ああもう、映画の内容すら頭に入ってこない。




End

211215