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ことなし



 案外コンビニのチョコって売れるんだなあ。

 チープなリボンのついたそれを、味気ないビニル袋に入れて渡す。購入した女の子は私より少し年下だろうか。コンビニで買ったってことは義理チョコかな。中学生のお小遣いなら、本命の可能性もある? 友チョコもあるか。それでも軽い足取りで店を出て行く後ろ姿を、わずかに羨ましく思う。

 今日は二月十四日。言わずと知れたバレンタインである。せっかくの休日にバイトをしている私には無縁な話だ。特設コーナーの前で長いこと悩む女性、レジ前に置かれたチョコへ意味深な視線を向ける男性。なんとなく浮足立った空気にあてられる。明日学校へ行ったらカップルが増えているのだろうか。

 カウンターへカゴが置かれた。我に返って顔を上げるとすぐさま笑顔をつくる。つくってから、どきりとする。『のど飴くん』だった。

「いらっしゃいませ!」

 商品に視線を落とす。飲み物や食べ物に紛れてのど飴があることを確認する。

 急いでそれらのバーコードを読み取り始めると、のど飴くんは身じろぎ一つせずこちらの一挙一動を観察した。口元を覆い隠しているせいで目つきの悪さが際立つ。妙に襟の長い服は、学ランなのだろうか。高校生だとしたら同じだけど……あんな制服の学校、この辺りにはない。

 『のど飴くん』というあだ名をつけたのは私だ。夏でも冬でも必ず買うので印象に残ったのだ。しかし他のバイトに「毎回のど飴買ってく、変な服の人いますよね」と言ったら、「誰それ」と返されてしまった。こういうお客さんには決まってあだ名がつけられるはずなのに、どうやら彼のことを認識しているのは私だけのようだ。

「二千六百九十円になります!」

 金額を聞いてから財布を取り出し、小銭を数え始める。幸いにも彼の後ろに列はなく、マイペースさに焦ることはなかった。私はこのタイミングで、いつも彼を見つめ返す。ほとんど表情は見えないけれど、なんとなくカッコいいことはわかる。

 のど飴くんが受け皿の上にお札を置く。こちらが見やすいよう、丁寧に小銭を並べる。気づかいができるということはモテるんだなあ。寡黙でクールそうだし。でも、最後はきちんと頭を下げてくれるんだよね。毎回コンビニにしては結構な量を買い込んでいくので、よく友達とお菓子パーティーでも開いているのかもしれない。ということは、人望もあるんだろう。知っていることはほとんどないけれど、わずかなことから想像を広げ、勝手に愛着を抱いてゆく。

「三千円のお釣りです」

 レジから出した三枚のお札を彼の手に乗せる。続けて商品を渡したら、彼は頭を下げて、あっという間に店を出て行く。――しかし、何故か今日は立ち止まったまま、私を見つめ続けている。

「お客様?」

 妙な緊張感を抱く。思わず逸らした視線の先に、『バレンタインフェア』と書かれたポスターがあって、心臓がひときわ高く鳴り響いた。もしかして、なんて期待をしかけて、そんなはずないとすぐに打ち消した。私は至極普通の容姿で、誰かに一目惚れされた経験などない。友達の多そうな、ちょっとカッコイイこの人が、平凡なコンビニ店員を覚えているわけ……。

「すみません、レジいいですか?」

 困惑した様子のサラリーマンが、のど飴くんの背後から声をかける。「はい!」と咄嗟に声をあげてしまい後悔した。案の定のど飴くんは、素早く商品を受け取ってその場を離れてしまった。何だったんだろう、今の。何がしたかったんだろう。何か言おうとしてた? でも、口元は隠れたままだったし、そんな風でもなかったような……。レジの仕事をいつものようにこなしながらも、思考はすっかりのど飴くんで埋め尽くされていた。

「ありがとうございました!」

 頭を下げて、サラリーマンを見送る。顔をあげると、またのど飴くんがいてドキリとした。いよいよ様子がおかしいと思っていたら、カウンターに商品が置かれる。あ、なるほど、買い忘れね……と先ほどの奇妙な動きについても納得したような気持ちになって、その商品に手を伸ばした私はひゅっとのどが鳴る。

 チョコレート。

 一瞬思考が停止しかけるけれど、すぐに冷静さを取り戻す。チョコぐらい買うよ。買う。しかも、彼は大量にお菓子を買っていて、これから友人たちとパーティーを開くわけで……チョコのリクエストがあったとしても、なんらおかしくない。普通だ。

「ご……五百二十円です」

 彼はまた財布を取り出し、中身を確認する。五百円玉を一枚ゆっくり置くと、続けて二枚の硬貨を並べる。その慎重で丁寧な動作から、何故か目が離せない。

「ちょうど頂きます」

 レジに向かった時、隣のカウンターで暇そうにしている先輩を見かけてふと思い至る。
 そういえば、のど飴くんが他のレジに並ぶ姿を見たことがないな……。私だったら、買い忘れをしたら恥ずかしくて別のレジに並ぶけど。

「こちらレシート――」

 再び向き合い目が合った瞬間、強い力にうち抜かれたような感覚がした。レシートを差し出したポーズで立ち尽くしてしまう。彼もそれを受け取ろうとしない。じわじわと、甘い何かが込み上げてくる。

 ――これは、都合のいい妄想だ。彼が毎回私のレジを選んで並んでいるかもしれない……という可能性。他の誰も、のど飴くんのことを知らなかった理由。必ず私のレジでのど飴を買っているとしたら……?

 レシートが受け取られ、思考が打ち切られる。カウンター上のゴミ箱へ入れたかと思うと、そのまま手を出してくる。商品を渡すよう促されているのだと理解し、急いでビニル袋を取り出そうとしたら首を横に振られた。あぁ、そっか。さっきの袋にまとめて欲しいのかと考え、手を伸ばそうとすると引っ込められる。困惑して顔をあげると、また鋭く射抜かれる。

 パッと開かれた手。指をわきわき動かして、求めるような仕草をする。なんとなく……とんでもない茶番に付き合わされていることに気づいてしまった。私の手にはコンビニのシールが貼られたチョコレート。目の前には、ちょっぴり居心地の悪そうな男子高生。なに……これ。これじゃあまるで――。

 ありがとうございました! と営業的な笑顔を浮かべて渡せばそれで済む話なのに。いかんせん、一度意識してしまったら止まらなくて、耳が熱くなってくる。もしかして、いつもコンビニが空いている時間に来るのは……。たくさん商品を持ってきて、レジを打つ私をずっと見つめているのは……。どんどんあふれる妄想に、収集がつかなくなりそうだ。そんなはずないだろう! と自分の心に一喝し、覚悟を決めて面をあげる。わずかに緊張したような表情を返され、一瞬で揺らぎそうになる。

「ありがとうございましたっ!」

 気持ち悪くならないように。変な風に思われないように。あくまで店員らしくチョコを渡すと、彼はわずかに目を細めた。片手でそれを受け取ると、静かに頭を下げてから、何気ない様子で身をひるがえす。

 何も言ってくれないんだ!

 こっちはすごく恥ずかしいことをさせられた気がするので、理不尽さすら覚えた。いや、やっぱり……私の勘違いだったんだ。最初からわかってたじゃないか。

 もやもやした心持ちで出口の方を見ると、ちょうど自動ドアが開き、のど飴くんが店を出たところだった。くるりと振りかえる。視線がかちあって、また心臓が跳ねた。反射的に逸らす前、彼が左手を持ち上げる。ひらひらと、そのまま何度か左右に揺らすと、すぐに曲がって街へ消えた。手を振られたのだと気づいた時には、自動ドアが閉まっていた。

「……!? の」
「煙草、八十六番ください」
「あっ、はい!」

 衝動的に追いかけそうになった私を客が引き留める。陳列された商品へ向き直りながら、熱くなった耳を意識していた。

 なにこれ!? 妄想!? 私、バレンタインの空気にあてられて変な夢でも見てるの!?










「なんだ棘、自分でチョコ買ったのか。さみしーヤツだな」
「しゃけ」
「? のわりにご機嫌じゃねえか」



End




210215