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正解のない鍵穴



王馬君はちょっと怖い。

個性豊かなメンバーの中でも、取り分けキャラの濃い王馬君は、【超高校級の総統】の肩書を持っている。一万人の構成員が所属する秘密結社のリーダーらしい。

そんな王馬君は、どういうわけか、やたらと私につきまとう。比較的に地味な才能を持つ私に、どうして興味を持ったのかはわからない。けれど彼は、暇さえあれば私のところへ来て、こちらの都合も聞かず、好きなところへと引っ張りまわすのだ。

今思うと、学園で最初に王馬君へ声をかけたのが間違いだった。体育館にどんどん人が集まってきて、少しずつグループができるのを見た私は、もともと人付き合いが苦手だったこともあり、ひどく焦った。それで、たまたま近くにいた彼に、勇気を出して話しかけたのだ。緊張のあまり上手に話せなかったけど、彼は気にした様子もなく屈託のない笑みを返してくれた。

王馬君は男子の中では小柄なほうで、見た目も声も可愛らしい。人懐っこく、おしゃべりも上手な彼に、私はすっかり警戒をといた。この人と一緒にいたら安心かも、なんて思ってしまったのだ。ところが、だんだん彼の言葉の端々に悪意のようなものを感じ始め、気づけば彼は周りからも距離を置かれる存在になっていた。

「みょうじちゃん、カジノ行こうよ!」

満面の笑みで声をかけられたのは、朝食を終えたタイミングのことだった。食べ終わったのにいつまでものんびりしていると思ったら、私を待っていたらしい。返事をする前に腕を掴まれて引っ張られる。「でも片付けが」と言い訳のように口にしたら、東条さんが「やっておくわ」と申し出てくれた。

きちんとお礼を言いたかったのに、引きずられるように食堂を出ることになってしまった。あとで改めて感謝を伝えなければ、と思っているうちに、校舎の外にあるカジノへ連れて行かれる。

「みょうじちゃん、モノクマメダル知ってる?」

建物内に入ると、ようやく解放された。引っ張られた腕をさすりながら首を横に振ると、コインのようなものを預けられる。受け取ってまじまじ見ると、銅のメダルにモノクマの顔が立体的に彫られていた。

「それがあると、カジノコインに替えてもらえるんだ。オレ、下のゲームでコイン増やしとくから、みょうじちゃんはメダル探しといてよ」
「探すって、どこを?」
「床とかに落ちてるよ」

何気ない様子で言われたけれど、それは、這いずり回って探せということなのだろうか。戸惑いつつも、断ることなどできない私は、黙ってうなずいた。階段を下り、ゲームコーナーへ向かう彼の背中を見送ってから、テーブルの下にしゃがみこむ。

本当のところを言うと、ちょっとどころじゃなくて、私は王馬君をものすごく恐れていた。物怖じしない言動とか、怪しすぎる肩書きもそうだけど、私に対する執拗な態度が何より恐ろしい。なんでかまうのだろう。私を殺す気なのだろうか。疑心暗鬼な不安が膨らむくせに、この環境下で一人になることの方が怖くてつい流されるように合わせてしまう。

今さら他の誰かに声をかけようにも、グループができていて難しい。女の子の友達が欲しいと思って春川さんに声をかけたらとても冷たい目で睨まれてしまうし、東条さんにはやることがあるとあしらわれてしまうし……。

思い悩みながらもメダルを探していると、どかした椅子の下に一枚見つけた。げんきんな私はそれだけで一瞬、悲しい気持ちを忘れかけた。わずかな達成感を抱きながら、そのメダルをポケットにしまい、次の椅子もおなじようにどかしていった。





「見つかったー?」

階段をのぼってきた王馬君は相変わらずご機嫌そうな笑顔を浮かべていた。カジノの調子が良かったのだろうかと思いながら、それまでに見つけたメダルを差し出すと、彼はますます瞳を細めた。

「さっすがみょうじちゃん!こういう地味な作業を任せたら一番だね!」

素直に喜べない褒め方に、どう反応していいかわからなかった。王馬君はそんな私を気にとめず、拾い集めたメダルを換金すると、すぐさま景品交換所に向かった。

彼が何かやり取りをしている間も、私は引き続きメダルを探し続けていた。やがて戻ってきた王馬くんが「みょうじちゃん熱心だねえ」と声をかける。立ち上がって振り返ると、握りしめていた何かを見せてくれた。

「じゃーん、交換してきたよ」
「鍵……?」

可愛らしい装飾の施された、小さな鍵だった。寄宿舎のものとは違うそれを不思議に思って眺めていると、「カジノの景品だよ!」と補足してくれた。

「どこの鍵?」
「それを今から調べに行くんじゃん。もしかしたら脱出のヒントになるかもねー」
「……えっ!?」

どうやら彼は、ただカジノで遊んでいるわけではなかったらしい。

「オレとみょうじちゃんの努力の結晶だねー」

にししと笑う姿に、強張っていた体の力が抜けた。妙な言動で周りを煙に巻いていたけれど、彼も本当はみんなと同じくここを出たいのだ。異常な彼の普通な部分を垣間見た気がして、すっかり気を抜いていたら、また手首を掴まれ引っ張られた。

「よし、探し行こっか」
「今から?探すならみんなで手分けした方が早くない?」
「みんなで動いたらモノクマに勘づかれるよ。二人だけでここから逃げよう!」

予想外の提案に、何も返せなかった。戸惑う私を振り返った彼は、カジノを出ながら意地の悪い笑みを浮かべた。

「嘘だよ!期待させちゃって見当違いだったら悪いから、まずはオレらだけで調べようよ」

みんなを思いやっているとも取れる考えに驚いた。無駄に困惑させられたことにはモヤモヤしながらも、素直にうなずく。

カジノを出た彼は、同じ区域にある派手な建物に向かって歩く。カジノと同様、その建物は利用したことも入ったこともなかった。それでもそこが何のために作られた場所かは理解できたので、慌ててその場で踏ん張って、引きずられながら抵抗した。

「あれ?どうしたの?」
「お、王馬君、どこ行こうとしてるの?」
「見てわからない?ラブホだよ。あ、ここだとラブアパートっていうんだね」

王馬君が腰を曲げてあごを触りながら、わざとらしく壁にかかった標識を確認する。その隙に必死になって腕を振ると、思いのほか呆気なく王馬君は離れた。

「ここが出口なはずないよっ」
「あれ?みょうじちゃん顔真っ赤だね。もしかしてオレのこと意識してる?」

煽るように言われ、確かに顔が熱くなる。懸命に首を横へ振ると、にんまり笑った王馬君が、入口に鍵を差し込もうとした。

「絶対ここじゃないよ……」
「開いた」
「うそ!?」
「嘘じゃないよ」

ほら、と彼は開いた扉が見えるように身をどかした。確かにドアは開いていて、その向こうのロビーが見えていた。

「さっそく入ろう!」
「えっ、でも……」
「せっかく二人で見つけたんだからいいでしょ?」

扉を押さえて招き入れようとする彼に、ためらい続けていると、無邪気に首をかしげて問われる。

「もしかしてオレが何かすると思ってる?」
「そんな、それはないよ」
「だよね〜!さすがにみょうじちゃん相手じゃ興奮しないって!」

すごく失礼なことを言われた気がしたけど、反論する間もなく肩を掴まれた。身を縮める私を抱き込むようにしてホテルへ連れ込む。子供を宥めすかすように「せっかく二人でゲットした鍵なんだから」と言われてしまえば、従わざるを得ない。

あれよあれよという間に奥まで引っ張られ、共に一つの部屋へ入る。元よりボディタッチの多い人だとは思っていたけど、場所が場所なだけに焦りがつのった。扉が閉まる音を聞きながら、さりげなく彼から離れる。緊張し通しの私とは真逆で、王馬君はいたって自然だった。きらびやかな内装を、感心したように見て回っている。

入口に立ち尽くしたままの私を気にした様子もなく、彼はベッドの下からクローゼットの中まで、真面目に観察して回っていた。次第に、ぼんやりしていることの方が恥ずかしいように思えてきて、私は恐るおそる室内に踏み込む。王馬君がこちらを一瞥して、意味深に瞳を細めたので、逃げるように反対側の壁へ向かう。

備え付けの小さな冷蔵庫を開き、中に入っているペットボトルの水を手に取る。どこにでもあるような普通のものだ。今はそれがありがたい。

下手に探して妙なものを見つけたくなかった私は、同じ場所を何度となく調べ続けた。

「みょうじちゃんはラブホに入ったことあるの?」
「な、ないよ」
「へー」

王馬君は沈黙に飽きる度、しょうもないことを尋ねてきた。あなたはあるの?なんて広げにくい話題ばかり与えられるので、繰り返し室内は静まり返った。

「みょうじちゃん」

またくだらない質問をされるのだと思ったら、すぐ背後でした気配にぞくりとした。振り返ろうとしたら、そのまま背後で両腕を捕まれる。びっくりして、悲鳴も出なかった。高鳴った鼓動を隠すように、ガチャリという音が響く。

「逮捕!」

彼は離れたのに、手首が動かない。金属のこすれる音を聞いて、肩越しに自分の背後を確認しようと必死になった。結局見えなかったけれど、おそらく手錠のようなものを付けられたのだ。焦りから必死で両手を引き離そうとしていると、王馬君が焦ったように二の腕を抑える。

「ちょっとみょうじちゃん、無理やりしたら痛くなるよ?」
「は、外してよっ」
「ただのジョークじゃん。ほら、色々あったからさー」

彼の目線につられて視線をやった先には、いわゆる大人の玩具というやつがたくさん入った箱があった。さっと血の気が引いて、不安が押し寄せる。自分がとんでもない場所へ来てしまったことを今さらになって理解した。

「お、王馬君、やめてよ」
「傷つくな〜。そんなに怯えることないじゃん」
「だって、こんなのびっくりするよ……」
「大丈夫、すぐ外してあげるから」

薄く笑った王馬君が、「みょうじちゃんが嘘を撤回したらね」と付け足す。私は一瞬、何を言われているのか分からなくて、その場にフリーズした。

「あれ?覚えてない?」
「私、嘘なんて言ってないよ……」
「本当に?」

途端に声のトーンが低くなる。びくりと肩を弾ませ後ずさりした私に、王馬君が近づいてくる。もともと部屋の端にいたせいで、あっという間に追い詰められてしまった。手錠でつながれた手が、壁にぶつかる。

「みょうじちゃん、オレのこと意識してるでしょ?」

長い前髪から覗いた瞳が、三日月のように弧をえがく。そうしてようやく、この建物に入る前のやり取りを思い出す。顔の赤さを指摘した彼にそう言われ、私は思い切り首を横へ振ったのだった。

彼の手が持ち上がり、だんだんと近づいてくる。とっさに肩をすくめて薄目になると、王馬君はご機嫌な様子で笑った。

「こんなにオレの一挙一動に反応しちゃってさー」

顔に触れそうなとこまで近づいた手が、宙で止まる。

「それでいて意識してないなんて、みょうじちゃんは嘘が下手だね」

耐えきれずに目を閉じた。頬を撫でられる予感があったのに、彼はそれ以上、近づいてこなかったようだった。息もできずに身構えたまま震えていると、ほんの軽く、唇に何かが触れる。

全神経を頬に張り巡らされていた私には、想定外の感触だった。反射で目を開けると、彼の人差し指が私の唇を押さえている。胸の血流を感じ取ったように、全身が脈打った。思い切り身を引いたら、後頭部が壁に当たる。

「キスされたかと思った?」

からかわれたらしい。理解したら全身に宿った熱が、逃げ場を失って体内をめぐる。あどけなく笑って指を引っ込めるけど、まったくもって許されない行為だ。唇を噛みしめて、視線を斜めに落とすと、王馬君が声に焦りをにじませた。

「あれ、ごめん。怒った?」
「……」
「みょうじちゃーん」
「……手錠、外して」

私が背中を向けると、王馬君はわずかに唸った。嘘を撤回していないことが気になったのだろうけど、面倒になったのか「まあいいか」と言いながら手錠を取り除いた。

元の場所へ片付ける後ろ姿を見ながら、自由になった手首をさする。今のうちに逃げようと、扉に向かおうとしたら、気づいた王馬君が急ぎ足に戻ってきて、立ちふさがった。

「待ってよ、みょうじちゃん。怒ったの?」
「……こういう風にからかわれるのは嫌だよ」

すんなりと口に出せた本心に、自分で驚いた。王馬君も、ずっと言いなりになっていた私が抵抗したことを意外に思ったのか、わずかに目を見開いた。

どうやら自分で思っていたより、限界がきていたらしい。突然知らない場所に連れてこられ、殺し合いをしろと言われ。頼れる人はいないし、唯一、側にいてくれる人はどうしようもない嘘つきだ。

「た、ただでさえ訳わかんない状態なのに、これ以上悩み増やしたくない。王馬君とは友達になりたかったけど、もう諦める――」
「待って!」

抱きしめられた。そう理解したのは、耳元で彼の嗚咽を聞いてからだった。そのすすり泣きを聞いてしまったせいで、彼を突き飛ばすことも忘れて固まった。

「ごめん、謝るから!オレを置いていかないでよ。オレも同じなんだ。みょうじちゃんと仲良くなりたいだけだったんだよ……」

悲しみに押しつぶされるような涙声に戸惑っていると、どんどん私の背中に回る手が力強くなっていく。必死に繋ぎとめようとする彼の様子に、何も言えなくなってしまった。

しばらく彼が落ち着くのを待っていたのだけれど、いつまでたっても泣き止む気配はなかった。私は観念して、小さく息を吐き出す。

「王馬君、大丈夫だよ。私、どこにもいかないから……」

とりあえず離れたくてそう言ったら、あっさりと距離を置かれた。その潔さを不審に思って顔を覗くと、涙の跡は一切なかった。にっこり笑った彼が、後頭部の後ろで手を組んだ。どうやら嘘泣きだったらしい。先ほど自分が吐き出した言葉を思い出し、失敗したことを直感した。

「また、からかったの?」

責めるような口調で問いかけると、彼はわざとらしく取り乱して、両手と首を必死に横へ振る。

「からかってないよ!全部オレの本心だからね!」

真意を汲もうと、彼の目をじっと見つめる。しかし表情に変化はなく、私はとうとう諦めて肩の力を抜いた。

「もういいよ……。王馬君が嘘つきなのは知ってたし」
「あれ?おかしいな……。仲直りの流れじゃなかった?」
「王馬君、仲直りしたいの?そもそも、私たちって友達なの?」

返事はなかった。私は彼の足元を見ながら言葉をつづける。

「王馬君は別に一人だって平気そうだし、私以外の人とも仲良くなろうと思えばなれるんじゃない?」
「それはみょうじちゃんだって同じでしょ〜」
「ううん。私は春川さんとか他の女子が仲良くしてくれるなら王馬君なんかといないよ……」
「ひどっ」

ショックを受けたような顔をしているけど、それもどこまでが本当なのか分からない。彼は私が一人になってしまうのを恐れていることに勘づいていただろうし、だからこそこうしてつけ込むようにまとわりついていたと思っていた。

「じゃあさ、みょうじちゃんが他の子と仲良くなれるまででいいから、オレの友達になってよ」

お願い、なんて顔の前で手を合わせる王馬君の本心は見えない。まるで彼から頼み込むように言っているけど、そうしてもらえると助かるのは私の方だ。これも、嘘なのだろうか。だとしたら、誰のための嘘なのだろう。この学園に閉じ込められてから、考えることはたくさんあって、どれも答えは見つかりそうにない。

私は悩んだ末に、首を縦に振った。王馬君がぱっと表情を輝かせる。

「よーし、じゃあ仲直り記念にもう一回ハグしとこっか!」

手をわきわきさせた彼に身の危険を感じた。私は後ずさりして、伸ばした手を体の前に構える。

「ハグしないよ!と、友達でしょ!」
「え、友達なのに?」
「それじゃあ恋人じゃんっ」

王馬君は目を丸くして、あちゃーといった表情で頭を抱えた。何のつもりかわからず構えたまま様子を伺っていると、彼が私を上目に見る。

「じゃあオレがみょうじちゃんとなりたかったのは友達じゃなくて恋人だったんだ」
「……それも嘘だよね?」

慎重に問いかけると、あっけらかんと「どっちだと思う?」と言われてしまった。質問に質問で返すのは卑怯だと思う。

「……嘘なんだね」
「みょうじちゃん急に冷たくなったね〜。ていうかさ、俺の地元はわりと友達でもハグとかするんだけどみょうじちゃんの地域はないの?」
「ないよっ」

もう相手にしていられない。先ほどのお願いを承諾したことを早くも後悔し始めていたら、王馬君が仕切り直しとばかりに「それじゃあそろそろ探索に戻ろうか!」と提案した。伸びてきた手に手首を掴まれそうになり、すんでのところでかわす。はっとしたように二人で見つめ合い、私はごくりと喉を鳴らした。

「……今日は疲れたから帰りたい、かも」

わずかに不安を抱きながらも、引っ込みもつかず口にした。

「え〜?でもまぁ仕方ないか」

残念そうにしながらも、呆気なく従ってくれた王馬君に、拍子抜けした気分だった。奔放な彼に振り回されているつもりでいたけれど、こんなに簡単なことだったのか。

この短時間で王馬君が近づいたような遠のいたような、妙な心地だった。





部屋を出て通路を進み、ラブアパートを後にする。薄暗い屋内と違って、自然の光が目に眩しかった。振り返ると、私に気づいた彼が歯を見せて笑う。あんなに怖かった王馬君が、ちょっとだけ普通の男の子に見えた。

認識した途端、今さらになって先ほどの緊張がよみがえってくる。またここを二人で探索しなきゃいけないのか。そう考えたら心臓がうるさくて、どうにかなってしまいそうだった。




End

170120

まだキャラが掴めてない