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ここで息絶えて欲しい




リヴァイが私の家を訪れるタイミングは二通りある。一つは壁外調査に行く前夜で、もう一つはそこから帰ってきた日の夜だ。日が出ているうちに彼が来ることはまずない。ふらりとやってきたかと思うと、知らない間にいなくなっている、野良猫みたいな人だった。

私はいつ彼が来ても困らないよう、歯ブラシやタオル、パジャマなどはもちろん、食事の用意も欠かさなかった。二人分の夕食を作り、彼が来なかった日は翌日の朝に自分で食べる。リヴァイはいつ来ても食事の準備がされていることについて言及したことは一度もない。急に部屋へと入ってきたかと思うと、それがまるで日常的なことのように、私の向かい側で食事を取りはじめる。

その日も彼は、唐突に訪れた。雑な動作で扉を開けて入ってくると、流しに直行して手を洗い出す。私はちょうど食事中だったので、スプーンを咥えた状態で彼を迎え入れることになった。口の中の食べ物を咀嚼していると、ハンカチで手を拭きながら彼が私の向かい側の席へと腰を下ろす。乱暴そうに見えて、椅子を引く音は大きくなかった。

要求するように差し出された手に、スプーンをとって握らせる。その時に巻き起こった風が強い石鹸の香りを運んできて、彼が風呂上がりだということを知る。それはリヴァイの訪れたタイミングが、壁外調査の前か後かの判断材料となった。“前”なら彼は私の家で風呂に入って行くし、“後”ならここへ来る前に体を綺麗にしてくる。潔癖な彼にとって巨人の血に塗れたままでいることはありえないし、何より私の家へ仕事に関わるものを持ち込むことを嫌っていた。リヴァイが調査兵団に属しているという事実は知っているが、彼の口から聞いたことはないように思う。普段どういう風に働いているとか、壁の外で何を見てきたとか、そういった話は一切されない。だから私は彼がこの居場所に何を求めているかをなんとなく察し、二人の話題には巨人の「きょ」の字も出なかった。

リヴァイの食事風景は美しい。彼は昔、地下街に名を馳せるゴロツキだったと聞いたことがあるけれど、食事の時だけはそんなことを微塵も感じさせなかった。背筋を伸ばし、パンを細かくちぎって口に含む姿は、どこかの貴族のようだとさえ思う。彼がパンのカケラをシチューにつけるのを見て、この人のこういうところが好きだと強く感じた。彼のパンとシチューを合わせて食べる配分は完璧で、いつも二つは同時になくなる。最後のパンのカケラで皿を綺麗にふき取ってくれるので、彼の使用後の食器を洗うのは気持ちが良かった。

「美味かった」

彼は食事を終えて、ようやく口を開く。「ただいま」も「いただきます」も言わないのに、いつもご飯に対する感謝の言葉だけは伝えてくれた。あまりに真っ直ぐこちらを見つめて言うので気恥しさを感じ、彼の食器と自分の食器を重ねて逃げるように台所へ持っていく。

私が皿洗いをしている間、彼は夕飯を食べていた場所から動かずに、こちらを見つめている。姿勢は崩し、テーブルに突っ伏すようにしているけれど、視線は私をしっかりととらえている。

リヴァイはあまり自分のことについて語らない。それは、彼が生活の大半を兵士としてすごしているからだと思う。仕事の話を一切持ち込まないためには、彼の日常はあまりに少なすぎた。自然と私は話し手の役割を担うことになり、食器を洗いながら最近あった他愛のない話をする。卵を買いに行ったのに卵を忘れて他の食材を買い込んでしまったこととか、干した布団をいつまで叩けば埃が出なくなるのだろうとか、そうしたくだらない話を延々とする私に、リヴァイは相槌をうってくれていた。

食器洗いを終えて蛇口を閉めると、彼が見計らったように立ち上がる。タオルで濡れた手を拭きながら壁時計を見れば、まだ寝るには早い時間だったけれど、考えるより先に「もう休む?」と聞いていた。壁外調査を終えて疲れているでしょう、という言葉は飲み込んだ。彼が静かにうなずいたのを見て、問いかけたことを後悔した。まだ夜は長いのに眠ってしまうのが、ひどくもったいないことをしているように感じたのだ。

私たちは共に洗面所で歯を磨いたり顔を洗ったりしたあと、寝室へ行ってそれぞれ夜着に着替えた。ベッドは一つしかない。それもシングルなので、二人で入るのにはとても狭かった。だけど私もリヴァイもベッドを増やす提案を口にしなかった。電気を消して一緒に布団へ入ると、陽の匂いが香った。

リヴァイと向き合って寝るときは、少しだけ気まずさを感じる。何度も経験していることなのに、一向に慣れなかった。いつもより深く沈むベッドとか、かかりきらない布団が浮いているせいで涼しい背中とか、やり場のない手の居場所を求めてさまよわせている時に触れる彼の温もりとか。最後に関しては、うっとおしく思ったリヴァイが押えつけるように握りしめて落ち着く。彼の手は身長の割に大きいし、温かい。

この手が巨人を殺すのかと考えかけて、振り払うように彼の胸に額を押し付けた。仕事のことを話したがらないリヴァイの前で、兵士としての彼の姿を想像するのは罪悪感があった。けれど私の知っている彼は兵士としての彼にくらべるとほんのわずかで、慌てて塗りつぶすように思い浮かぶのは食事の風景ぐらいだった。

「リヴァイ、好きだよ」

何の脈絡もない私の言葉に、リヴァイは「ああ」とだけ言った。同じ言葉は返してくれなかった。それが無性に寂しくて、手を握るだけでは辛抱できずに彼に抱きついた。いつもはこんな風に甘えることはないので、彼は少なからず驚いたようだった。ぎこちなく背中に腕が回され、私たちは普通の恋人のようなことさえまともにできないのだと知る。

「リヴァイ、明日の夕ご飯、食べたいものある?」

こうした質問は何度もしていそうで、実は初めてするものだった。彼はいつだって何も言わずにいなくなるので、明日の朝ご飯だって食べていくか分からないのだ。

リヴァイもまさか夕飯について聞かれるとは思っていなかったらしく、少し答えに窮しているようだった。あまりにたっぷりと間を置くので、もしかしたら疲れ切って寝てしまったのだろうか、と考えかけたところで、ようやく彼が言った。

「前……出したやつ、あっただろ」

「え?」

「林檎が入ったサラダ。あれ作れ」

後頭部をやんわりと撫でられて、喉の奥で何かがじんわりと広がった。「分かった」と答えた声はくぐもっていて、私はますますリヴァイの胸に顔を押し付ける。

触れた皮膚から伝わる体温や心臓から広がる振動に、リヴァイの生命を強く感じた。永遠とも思える自分の時間をかき集めて、彼のためにだけ使いたいと心から願うけれど、そうしたところで彼の時間は独占することはできないという揺るぎない事実が、水中に沈められたような息苦しさを私に与えた。




End

130423