01
桂木が遊びに来たいなんていうから嫌な予感がしたんだよ。当然のようについてきたネウロの満面の笑みを見て、その予感は確信に変わった。だけど家の前まで来ちゃった奴らを止めることなんてできなくて、俺は敵の侵入をまんまと許してしまったってわけ。
そこからはあっという間だったな。桂木がお腹が空いたとか言い出して、家には何もないから何故か俺が買い出しに行く羽目になって。帰ってきた時にはもう俺の部屋は変わり果てた姿になっていた。
後から聞いた話、ネウロがまた無茶なDVを桂木にしたらしくて。まあ詰まる所、俺は完全なとばっちりを食らったってわけ。部屋ン中焼け焦げちゃって、消防車まで来ちゃって、近所の人には後ろ指さされて、警察沙汰になるし。
言い訳すんのは結局俺。いつの間にかネウロはいなくなってて、ひたすら謝ってんのは桂木だけだった。
まあ不幸中の幸いと言えば、俺の大事な大事なパソコンが職場にあったことかな。箪笥の中身とかも無事だったから貴重品も平気だったし。修理代は当然のように桂木がもってくれるらしいよ。年下の、しかも女に払わせるなんてあんま良い気しないけど、あいつ世界中に名前知られてる名探偵だしな。ま、儲けてるんだろうからここは素直に甘えようと思う。
何が言いたいかっていうとさ、修理が終わるまでの一か月間、俺は宿無しになっちゃったんだよ。まさか桂木の家で世話になるわけにもいかねーし、ネウロが寝泊まりしてるらしい探偵事務所は是非とも遠慮したい。最悪、職場に居座るかー、なんて考えてたけどこの季節、風呂に入れないのはきつすぎる。
シャワーのある漫画喫茶でも探して何とかやり過ごすか、ってテンションがた落ちだった時、不意に街中に貼られてたポスターが目に入ったんだ。
『下宿生・募集中』
思わず足を止めたよね。地獄に仏っつーか。それは大袈裟な気もするけど、とにかく救われた気分だった。値段だってそこまで高くないし、仕事場からもかなり近い。隅から隅まで広告を観察していた俺は、老夫婦が経営しているらしいその下宿先に早速向かうことにした。たった一か月だけ下宿させてほしい、なんてワガママ聞き入れてくれる場所なんてあんまり無いだろうし、ほとんど藁にもすがる思いだった。
なのに。
「あー!やっと来たぁ、まともな人!」
「……は?」
地図を頼りに目的地へと辿り着いた俺は、まず下宿先が普通のマンションであることに驚いた。
それでも何とか住所を思い出し、老夫婦が住んでいるはずの部屋のインターホンを鳴らした。しかし、そこから出てきたのは若い女で、老夫婦が住んでいる気配など微塵もなかった。
「……ここ下宿生さがしてるって場所だよね?」
「そうだよ〜。あなた何歳?」
「十九……」
「マジで?タメじゃんね!偶然だわ〜。やっぱ老夫婦って書いたのが良かったのかな〜。本当の年齢書いたら下心丸出しの奴ばっか来てさあ」
「……ちょ、待ってよ」
一人でベラベラとまくし立てる女を遮ると、きょとんと瞬きを一つ。冗談じゃない。俺はすっかり萎えた自分に気づいていながらも、冷静に相手を見据える。
「これって詐欺じゃないの」
「ん?」
「老夫婦の経営する下宿って書いてあったから来たんだけど、俺。これフツーに誇大広告っていうか……」
「いいじゃん。老夫婦よりピチピチのお姉さんのが嬉しくない?」
「いやタメなのにお姉さんってさ」
「だいたい、あなたが言わなきゃ詐欺だなんてばれないし?」
にっこりと可愛らしい笑顔で彼女が言い切った。俺は唖然と立ち尽くす。これは、確信犯?
「この中途半端な時期、下宿先なんてめったに見つかんないんじゃない?」
「……」
「それに今なら男物の下着とかあるから無料レンタルして差し上げます〜」
「家賃、ちょっとまけてくれる?」
「それは無理。でもご飯とか一緒にしてあげる」
……まじで?かなり好条件じゃないの、コレ。
でもさ、初対面の若い男女が同じ屋根の下で生活ってどうなの。まずいんじゃないの?後ろめたい感じが否めないっていうか。
「……一ヶ月だけ、なんだけど。良い?」
「全然かまわないよ!多分そんな条件のむの、私ぐらいじゃないかな?」
「……じゃあ、……よろしく」
「よっしゃー!カワイ子ちゃんゲーッツ!興奮しちゃう〜!」
「やっぱやめる」
「ホワイ!?嫌だよ逃がさないからねっ」
素早く身を翻そうとした俺の腕を彼女が掴んだ。異常なまでの力強さ。俺は身動きが取れなくなる。
どうしよう、変な所きちゃったかもしれない。
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