やどかりデイズ | ナノ
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珍しく二人の休日が被った。すると、みょうじがデートに行きたいと駄々をこね始めた。

「せっかくの休日は家でのんびりしたい」と俺は渋ったのだけれど、彼女が「断るなら酔っぱらった匪口の写真をネットにばらまく」と脅してきたので、仕方なく了承する羽目になった。





「……で?何これ」

「え?」

「俺たちはなんでこんな場所に来てるのかって聞いてんの」

「何でって……デートでしょ」

「……っ、そうじゃないから。なんで、俺たちは、今、“古墳”に来てるのかって聞いてんだよ!!」

彼女が言い逃れできないよう、はっきり、ゆっくり叫んでやった。当然のように辺りには誰もいないので視線が集まる心配もない。

すぐ耳元で声を上げられたことが不快だったのだろう、みょうじは顔をしかめると俺から離れるように半歩下がった。

「だから……デートコースが古墳なんじゃない」

「古墳でデートする奴なんていないよ」

「ここにいるじゃん」

「……だいたいなんで古墳なんだよ」

「人類が歩んできた軌跡を確認することで私たちも共に未来を歩んでいけるんじゃないかな、と思って」

「え、本気?本気で言ってんのソレ。頭大丈夫?」

「な……何!匪口のくせに……。私はいつだって本気だよ!」

俺の言葉に多少の不安を感じたのか、みょうじが困ったように言い返した。それを聞いた俺はもう溜息しか出ず、静かに視線を外して周りの景色を見渡した。

自然に囲まれたここは空気も良く、聞こえるのも蝉の声ばかりで、普段は都会の雑多の中で生きる俺にとって不思議なぐらい新鮮だった。

悪くないかも、なんて思うあたり俺もそうとう頭イカレてんじゃねーかな。

「……俺、なんでお前が元彼に振られたか分かったわ」

「は!?」

「こんな趣味に合わせられんの、俺ぐらいだからじゃん」

吹き抜けた風がうっとおしい前髪を揺らした。とてもじゃないけどみょうじの方を見る勇気は出なくて、俺はただじっと木々を見つめて動きを止める。

しかし、可笑しいほどにリアクションがなかった。まさかスベったのか、なんて不安になった俺はついつい彼女を盗み見てしまった。それがいけなかった。目が合ったみょうじはニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべていて、途端に自分の言葉が妙にむず痒く感じる。

「……匪口がデレた!」

「は……っ?で、デレてねーから」

「いいよいいよ、分かってるから。匪口、さっきからデートって言葉だって否定してないからね」

「……!」

地味に痛いところを突かれて言葉を失った。追い打ちをかけるように距離を詰めた彼女が俺の服にしがみつく。心臓が妙な音を立てた気がした。

「ねえ、匪口」

「……何」

「私、自惚れてるよ?」

さっきまでの自信に満ちた態度とは裏腹に、弱々しい声だった。小動物みたいなみょうじの甘え方に、俺は全身の血が勢いよく巡り出すのを感じた。

時々、彼女のこの仕草や言葉、全てが計算なんじゃないかと疑ってしまう。

でも、それにまんまと翻弄されているのも事実なわけで。

「……勝手に自惚れれば」

「ちょ、何その言いぐさ!ここは抱き寄せてキスするシーンでしょ!空気読めアホ」

「そ、外でそんなことするわけないだろ!」

「まじかよ!じゃあ古墳じゃなくてプラネタリウムとかにすればよかった……」

やっぱ計算じゃね?










二人で並んで埴輪クッキーを食べながら歩いた。そろそろ帰ろうか、なんて雰囲気の時、不意に遠くから聞こえてきたのはパトカーのサイレンだった。

「近くで事件でもあったのかねー」

早々に埴輪クッキーを胃に収めたみょうじが呟いた。俺は曖昧な返事を返しつつ、妙な胸騒ぎを感じていた。

「あ!あそこめっちゃ人きてんじゃん。まさかここ?」

「げぇ、まじで?」

「ひょっとして匪口が呼び寄せたんじゃないの」

「はぁ?」

「コナン君みたいにさ」

「お前何言って……」

「匪口ィィィイ!!」

みょうじのくだらない戯言に返そうとしていた言葉は遮られた。それも、やけに聞き覚えのある声によって。

怖くてそちらが見れずにいる俺と違って、彼女は潔く振り向いた。そして、露骨に表情を歪める。まぁ、無理ねーよな。俺も多分顔に出てる。

「笛吹さん……なんでこんなとこにいるの」

「それはこっちのセリフだ!!」

鼻息荒く俺たちの前に立ちはだかったのは、俺の上司、笛吹さんだった。面倒くさいの一言に尽きる。中途半端に残った埴輪クッキーを傍らに垂らし、俺は深い息を吐き出す。

「匪口……貴様、何故その女と一緒にいるんだ?ケジメをつけたんじゃなかったのか!」

「それは……」

言いよどんだ俺に笛吹さんの苛々が増したのが分かった。ややこしいことになってしまった。あやふやにしてた事のツケがこんなところで回ってくるなんて、誰が想像しただろう。

助けを求めるようにみょうじをちら見して、げんなりする。こちらはこちらで期待に輝かせた瞳を俺に向けていやがる。

言えってか。紹介しろって意味か。そういうことか。

「答えろ、匪口。その女は結局なんなんだ」

「……あの時は本当にただの宿主だったけど、今は俺たち――」

そこで言葉を切って、考える。

俺たち?俺たちの今の関係はなんだ?今まで明言を避けてきたせいで、その関係性の名前が分からない。

付き合ってる……のか?みょうじも別に言葉にしてないけど。っていうかそもそもこいつは俺と付き合いたいのか?惚れたとか可愛いとか言ってたけど、それってカップルになりたいってことだったわけ?告白らしい告白、されてねーじゃん。そもそも俺襲われてばっかだし、風呂は覗かれるし、好き合ってるというかセクハラ加害者と被害者じゃね?…………思い出しててなんだか情けなくなってきた。

「なんだ匪口。はっきりしろ!」

とうとう笛吹さんが口を挟んだ。俺はぐっと言葉を呑み込み、狼狽える。

その時、不意に隣から「あーもうっ!」と苛立ちを隠そうともしない声が上がった。笛吹さんもさすがに驚いたらしく、彼女へと視線を移す。

どうやら隣でずっと状況を見守っていたみょうじが、我慢の限界を迎えてしまったらしい。下唇を噛みしめたかと思うと、拗ねたように俺を睨みあげる。思わず怯んで逃げるように後ずさるが、伸びてきた腕にがっしりと抑え込まれた。

「匪口はまどろっこしいよ!」

「なっ、なんで俺責められてんの」

「男のくせにウジウジウジウジしてるからだろうがこのウジ虫!」

「……おまっ、どっかの助手みたいなこと言うなよな!」

「はぁ?もういい!あんたには頼りませんーっ。……おチビな眼鏡さん、よく見ててくださいね」

言い返そうと口を開く前に、彼女の視線が笛吹さんへと向いた。突然キレたみょうじの様子に呆けかけていた笛吹さんは、言葉をかけられたことによって我に返ったらしく、何か言おうとした。

が、それより先に彼女が踵を浮かせるのが早かった。思い切り服を引かれ、俺は自然と前かがみになる。同時にほっぺに押し付けられた柔らかな感触。彼女の唇だと理解するのに難くなかった。

「……!?……!?」

口をパクつかせて何かを言おうとするも、言葉にできずにいる笛吹さん。頬を抑えて硬直する俺。満足げに口角を上げて笑うみょうじ。

彼女は俺から離れると、笛吹さんに向かって一、二歩だけ歩み寄った。挑発的に覗き込むと、声高らかに宣言する。

「そういうことなんです。私の勝ちですからね!」

言うだけ言って、素早く身を翻したみょうじが立ち去り際に俺の腕を取った。油断していた俺はひっくり返りそうになりながらも、なんとか彼女に合わせて走り出す。

「それじゃーさようならぁ」

「小娘ェェエェエ!!」

怒りに狂う笛吹さんの声を背後に聞きながら、俺たちは走った。木々の間を縫うように走り、古墳のふもとの広場も駆け抜ける。荒い呼吸の間に、げんなりとした俺は呟く。

「俺、明日から職場行けないんだけど……」

「口にしなかっただけ感謝してほしいなぁ」

うっしっし、なんて悪者みたいに笑ったみょうじは満足そうだった。俺は本日何度目かしれないため息を吐き出しながらも、怒ったりはしない。

俺の腕を掴んでいたみょうじの手は、いつの間にか俺の手を握っていた。そっと握りかえせば、確かに込められた力。言葉にしなくたって、彼女の想いは伝わった。




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