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未【ここから】
お金を持ち合わせていない私達は、一先ずここから一番近いらしい匪口の家へと向かうことにした。
「……匪口。その、服……」
「……何」
暗がりだったために気づかなかった。倉庫を出て日の光を浴びた私は、何気なく視界に映った匪口の服装に、自分の目を疑った。
湯葉命。
「電子ドラッグで何か目覚めちゃった……?」
「……馬鹿じゃないの。これには並々ならぬ事情が……」
「まあ人の趣味にはわりと寛大な方だよ、私」
「聞いてよ!」
やけに必死になって弁解する匪口が可笑しくて、私は声を出して笑った。彼は羞恥心が押し寄せたのか、ティーシャツを手繰り寄せ、皺でデザインを隠そうとしていた。
「あ、匪口の家ついた。本当に近いね」
「……まあね」
彼の家に遠慮なくお邪魔させて頂くことにした。安心したせいか体中は痛むしお腹は空くし、疲労感が半端じゃ無かった。
それは匪口も同じだろうけど、私に気を使っているのか、風呂に入る様に勧めてくる。
「あんたが風呂入ってる間に軽く飯用意しとくから」
「え、悪いよ。匪口だってお腹……」
「俺は、一日他の人のところで世話になってたから」
「……じゃ、お言葉に甘えて」
確かに髪の毛はボサボサだし、体中埃まみれだし、願ってもない申し出だった。彼に押し付けられるように渡されたバスタオルを借りて、案内された風呂場へと向かう。
「今着てるスーツは籠入れといて。後でクリーニング出しとくから」
「えっ、いいよ。そこまで……」
「風呂上がりにソレもっかい着るの、嫌でしょ?俺のスウェット貸すから」
「……なんか、ごめん」
私が承諾したのを確認すると、彼は扉を閉めて行ってしまった。こんな風に人の家のお風呂に入ることが初めての私は、緊張と居心地の悪さに居たたまれなくなる。
やけに優しい匪口も不安材料の一つだった。きっと罪悪感からの償いに違いない。
深く吐きだしたため息と共にスーツを脱ぎ捨てた。コンクリートの上を這いずり回ったせいで薄汚れている。
なるほど、確かにこれをもう一度着るのは抵抗がある。
風呂から出ると、先程まで無かったはずの黒いスウェットが置いてあった。
「何時の間に……」
気配を感じなかったことに若干の危機感を覚えながらも、素直にそれを身に纏った。
自分より少し大きめなサイズのそれに、匪口が男の子だと言うことを思い出した。途端に複雑な感情が押し寄せるけれど、気づかないふりを決め込み、脱衣所を出た。
最初に通された居間へと戻ると、テーブルの上に簡単な食事が並んでいた。鼻を刺激する温かい香りに、すっかり緊張感を無くした私の腹の虫が鳴いた。
「食べていーよ」
背後から声をかけられ振り返る。見れば、未だに湯葉命のティーシャツを着た匪口がいた。
「……ありがと。いただきます」
「うん。俺もちょっと風呂入ってくる」
言葉と共に彼が部屋の外へ出る。湯葉命の見納めだと思うとほんの少し残念だ。
それから私は空腹に耐えきれず、椅子に腰を下ろす。まだ温かい料理達を早速口に運ぶと、久しぶりの食事に涙が出そうになった。
「うまい……」
疲れ切った体を必死で動かして、無心でご飯を食べる。
食べることの有難味をこんな形で知ることになるなんて、思わなかった。
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