三大ストーカー | ナノ
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記念日を卒業式の日とすべきなのか、誤解が解けた日とすべきなのかいまいち分からないのだけれど、付き合い始めてだいたい一カ月程の月日が流れた。

すぐ捨てられたり飽きられたりするんじゃないかと危惧していたけど、意外に安定した関係が続いていた。

しかも、高杉君がすごく優しい。元々優しいのは分かっていたけど、やっぱりストーカーの立場と彼女の立場って全然違う。いや、一緒でも困るんだけどさ……。彼女としては!

「おい、何ぼさっとしてんだよ」

不機嫌そうな高杉君の声と、目の前に突き出されたクレープの甘い香りで我に返った。私は今がデート中であり、彼とクレープ屋さんの行列に並んでいたことを思い出す。

「あ、ありがと!」

慌てて差し出されているクレープを受け取ると、生地が垂れて中からチョコレートが姿を見せた。零れる前にと慌てて食べると高杉君が口角を上げて笑う。あ、そんな表情されたら困る。鼻血出そう。

「落ち着いてくわねェと咽るぞ」

「う、うん!落ち着く!」

「とりあえず口の端、チョコ拭け」

拭いてくれていいのに、高杉君は指さしただけで歩き出してしまった。私は手の甲で示された個所を擦りながら、彼の後を追いかける。

これはデートなのだ。

お互いに違う大学で、中々思うように会えない私達。

だけど、彼はこうして週末を私のために使ってくれる。

それだけで、幸せだよ。

だけどね。

「し……、しん……」

その背中に向けて、私は口をパクつかせる。小さな声は街の雑踏に紛れて消えて行く。彼には届かない。私は恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じた。

ダメだ、無理。早々と断念して、私はクレープを口いっぱいに頬張った。

私は未だに彼を下の名前で呼べずにいる。もうそろそろ晋助とか、呼んでみたいんだけど、恥ずかしくてできない。

だって高杉君って呼び方に慣れてしまったんだもの。しかも、彼が私のことを呼んでくれたのは、卒業式の日が最初で最後だったりする。

「どこか行きたい場所あるか」

不意に高杉君が振り返った。彼の後姿を観察していた私はびっくりしてクレープを飲み込み損なった。

「もっ、もふごっ!」

「……飲み込んでから喋れや」

呆れた様に首の裏をかく高杉君に頭を上下に振って見せ、慌てて呼吸を整えた。何とか口の中を空っぽにして、私は高杉君を見つめる。

「え、えっと、私は、どこでも」

「あァ?決めとけっつったろ」

「あ、うん。でも、そのね」

高杉君と一緒にいられれば、どこでもいいんだよ。やっとの思いで紡いだ言葉はどんどん小さくなっていって、最後の方は殆ど音にならなかった。でも、意識を此方に集中させていた彼にはしっかり届いた様で、その表情が僅かに赤く染まる。

「……チッ」

「舌打ち!?」

「うるせェ。公園行くぞ」

彼が私の右手を引っ掴んで歩き出した。公園って健康的だなあ、なんて考えてたら、彼の指が私の指の隙間に滑り込む。視線を落として自分の手元を確認した私は身震いした。恋人繋ぎだあああ!!

「……おい、チョコ垂れんぞ」

「へっ!?う、あ!了解です!」

「……大丈夫かお前」

お前、か。恋人繋ぎの勢いで、名前を呼んでほしかったな。欲が出ている自分に驚きながらも零れ落ちそうなチョコレートを舌ですくう。

高校時代は、高杉君と付き合えることすら夢の様な事だったのに、こうして付き合えるようになると、どんどん願望が増えるから不思議だ。

名前で呼びたい。名前を呼んでほしい。もっと会いたい。一緒にいたい。抱きついてみたい。でも、勇気が出ない……。

高杉君のことを見上げる。彼は真っ直ぐと進行方向を見据えているので視線は合わなかった。なんとなくそれが寂しくて、クレープを食べる事に夢中になろうとしてみる。でも、やっぱり意識は右手の温もりにあった。

こんなに不安なのは私だけかもしれない。これじゃあ片思いしてる時とあんまり変わらないよ。










月曜日が一番寂しいの。高杉君が一番鮮明に残ってるから。あと一週間会えないと思うだけで、昨日の幸せを忘れてしまいそうになる。

大学の図書館はやけに広くて静か。一角の椅子に座って机に頬杖をつく。ぼんやりと窓の外を見ているだけで、時間は過ぎて行く。広げた課題のレポートは、ちっとも進まない。

高杉君のことばかり考えていて、ちっとも授業が身に入らない。こんなことは高校時代から変わらないけど、当たり前の様に毎日会えていたあのころが恋しい。七日ある一週間のうち、たった一日しか会えないなんて、堪えられない。どうすればこの思いを高杉君に伝えられるのかな。だけど押し付けたりして嫌われたくない。ストーカーしてたころよりずっと、臆病になった気がする。

「みょうじさん」

優しげな声と共に肩を叩かれる。考え込んでいた事に気づいて、私は反射的に振り返った。こちらを覗きこんでいたのは同じ学科の男の子。たまに話す程度だけど、優しくて良い人だ。

「どうしたの、ぼんやりして。もう閉館だってよ?」

「ええっ!?」

声を張り上げると静かな館内に木霊した。慌てて口を塞いで周囲を見渡す。確かに人が疎らで、所々電気が消えていた。全然気付かなかった。

「閉館って、何時?」

「今日はちょっと早めらしいから九時だよ」

「くじ……」

慌てて携帯を開くと、着信履歴に高杉君の名前があった。いつも八時には帰宅報告のメールを送っているからだろう。

「うわー、外真っ暗だ。こんなに大学残ってたの初めて」

「サークル入ってないの?」

「うん。勉強ついてけないからダメだって親が」

「はは」

他愛のない話をしながら私達は図書館を出る。天気が良いお陰で月や星が出ているのがせめてもの救いだった。

門の方へと歩き出した所で、メールが一件入った。開くと高杉君。ぶっきらぼうな文章だったけれど、心配してくれているような言葉。それだけで少し寂しさが埋められる。

私は今大学を出る事だけをメールに書き、携帯をポケットにしまい込んだ。そして隣の彼との会話に専念する。

「そう言えばさっき課題やってたよね。終わりそう?」

「全然、わけわかんなくて。あ、ねえ、お家ここら辺だよね?」

私が門を出て右に曲がろうとすると、彼も従った。普段の彼は左に行くはずなのに。疑問に思って足を止めると彼も従った。

「ああ、駅まで送るよ」

「え!?悪いよ!」

唐突な申し出に驚き目を見開いてしまう。慌てて両手を左右に振る私に彼は穏やかな微笑みを零した。

「こんな遅くに女の子、一人で歩かせらんないから」

「でも、人通りあるし」

「いいから。行こ?」

渋る私を面倒に思ったのか、彼が二の腕を掴んで私を引っ張った。仕方なく私が折れて、お礼の言葉を述べる。彼はやっぱり柔らかな笑みを浮かべて笑っていた。

駅までの道のりの途中、携帯が一度震えた。けれど私は手をつけずに彼との会話を優先した。送ってもらっているのに携帯をいじるのは失礼だと考えたからだ。

それに、多分メールの相手は高杉君だ。電車に乗ってから返せばいいや、なんて楽観的に考えた自分を、後で後悔する事になる。