三大ストーカー | ナノ
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必死に走ったために荒くなった呼吸。抑えつけようと深呼吸を繰り返すけれどなかなか整わない。滲んだ汗を手の甲で拭いつつ携帯の時計を見れば、時刻はすでに待ち合わせ時間を過ぎていた。

春休みのせいか誰もいない校舎を、夕日がオレンジ色に染め上げていた。もう二度と来ないだろうとさえ思っていたこの場所へ、こんなに早く戻ってくることになるなんて。

黒く静かにそびえたつ階段を見上げ、背筋を伸ばす。緊張に震える脚に気づかないふりをして一歩踏み出せば、静まり返った校内に私の足音が響いた。

私の片思いは、今日終わる。










「高杉だ」

男子生徒の煙たがるような声。女子の浮ついたヒソヒソ話。高杉君の存在を知ったのはそれが最初だったと思う。

移動教室のために廊下を歩いていた私は足を止めて振り返る。皆の視線の先を追えば、柄の悪い男子生徒が廊下の中央を気だるそうに歩いて行くところだった。

学ランの下の赤いシャツはやけに異質で、見慣れない眼帯も危険さを醸し出すには十分だった。初めて見たその姿に驚いた私は、思わず言葉を失った。

「あっ、高杉君じゃん」

隣にいた友達まで少しばかり歓喜の声。私は高杉君から視線を彼女に移して問いかける。

「……誰、あれ」

「えっ!?知らないの?」

「うん」

「有名じゃん。高杉君」

たかすぎくん。先ほどから周囲の生徒が囁いている名前を脳内で繰り返す。もう一度彼が向かった方向を見たけれど、既にその姿は無かった。女子たちの残念そうな囁きと、気の弱い男子たちの安堵の息。

信じられない、と呟く友達に首を傾げて見せれば、まだ半信半疑と言った表情で説明をしてくれた。

高杉君はこの高校で一番の不良で、ここら辺の区域で知らない者はいないらしい。

「女子からの人気だって、あの沖田君や土方君と並ぶほどなんだよ」

「へえ……」

あんな怖そうなお兄さんのどこがいいのかなあ。私は無理だ。目があっただけで石になってしまう。まあタイプとしては沖田君みたいな人かな。可愛くて、天使みたいだもん。絶対性格もいいよね。

「まあ、あたしらには関係ない話だよね。いつも綺麗な女の人といるって噂だし」

友達のどこか残念そうな声を聞きながら、私は再び歩き出す。高杉君は不良。私の中にしっかりとインプットされた。





「あ……」

一人の帰り道、思わず声を漏らす。あれはこの前友達が言っていた……えっと、高杉君。

私は足を止めて、少し先のベンチにどっかりと座りこんでいる彼を観察した。どうやらバスを待っているらしい。手には何かのジュースパックを持っていて、たまにズズっという音がこちらまで聞こえてくる。

やだな。感じ悪いし怖いよ。けれど私はこの道を通らないと帰れないのだ。引き返そうかと悩みかけた私は、首を横に振って思考を止める。

大丈夫。不良と言っても見境がないわけじゃないはずだ。きっと自然体でいれば何の被害も被らない。

そう自分に言い聞かせると、手を強く握りしめた。意思を固め再び歩き始めた私はできるだけすばやく通り抜けようと、先ほどよりも歩調を速める。

平常心、平常心。私は風です。風になるー。

「……オイ」

漸く通り過ぎれるという時、高杉君のものと思われる低い声。私は自分の体が石化したかのように動けなくなるのを感じた。

こ、殺される?

「なっ、ななな、なんでしょう」

「……落したぞ」

恐る恐る振り返った私に、高杉君は気だるそうに言った。細い顎をくいっと動かし、地面を流し目で見る。ベンチにのけぞって座っているため、その姿はすごく偉そうだ。

少し怯んだまま彼の示した方向を見ると、確かに落ちていたのは私のハンドタオルだった。

「てめーのだろ」

「うあ、あ、ありがと……」

動揺のあまり口が回らない。駆け寄ってハンドタオルを拾った私は、汚れを叩き落としながら横目で高杉君を確認した。彼はこちらに注意を向けることなく、どこか遠くを見据えていた。まっすぐと、綺麗な片目で。

なんだ、もしかしたら高杉君って案外いい人なのかもしれない。そう考え直した私はもう一度お礼をちゃんと言おうと思い、彼に向き直る。

そして、固まった。

「なんだよ」

「えっ、い……いや。あの、ありがとうございましたっ」

「……」

言いながら身を翻し、私は走り出す。高杉君は訝しげな表情をこちらへ送っていたけれど、気にならない。

速まる動悸を感じながら、私は振り返ることなく走り続けた。だって、だって、高杉君てば。

「……ぎゅっ、牛乳……とか。反則でしょ」

いきなり走ったせいで、私の息は荒い。スピードを徐々に落とし歩きながら呟いた言葉は誰にも聞かれることなく消えていった。

私がジュースパックだと思ったのは、なんと牛乳パックだったのだ。

つまり高杉君は牛乳を飲んでいたのだ!あんなに黙々と!高校一の不良なのに!かァァァわァァゆゥゥウ!

もしかしたら身長が低いことを気にしているのかな。そう思ったら頬が緩んでしかたない。一人にやける私はどこから見ても不審者である。

もしかしたら、いい人かもしれない。

遠くを見据える彼の瞳を思い出して、ぼんやりと考えた。





次に高杉君を見たのは、肌寒くて風の強い日だった。

「喧嘩?嫌だな……」

誰かがすれ違いざまに呟いた。何気ない好奇心から足を止めて振り返る。見れば、男子高校生が数名路地裏でもめていた。

通り過ぎてゆく人々が興味本位で時折覗く。けれど柄の悪い連中を確認すると、関わり合いたくないのか歩く速度を速めて行った。

普段なら私もその類の人間。けれど、その時は違った。

「あの制服って銀魂高校?」

「あー。かもね。かつあげでもされてるのかな」

誰かと誰かの呟きに思わず足を止めて目を凝らす。路地裏の奥は暗くて見にくかったけれど、確かにうちの学校の制服だった。もしかしたら他校の学生に絡まれているのかもしれない。た、助けなきゃ!

慌てて走り寄ろうとした時、首がぐっと締まった。びっくりして足を止めて振り返れば、真っ白な頭の若い男が此方を見据えていた。どうやら首根っこを掴まれたらしい。理解し難い状況に、私は恐怖を感じた。

「だっ、誰ですか!?」

「あいつの担任」

首が解放され、小さく咳きこんだ。男は私の横をすり抜けると臆することなく路地裏へと入っていく。私は呼吸を落ち着かせようとしながらも、その姿を目で追った。

担任……?ってことは、先生?うちの学校の?それってまずいんじゃ……。

慌てて路地裏に駆け寄ろうとすると、低くて気だるげな声が響いてきた。それは先ほどの白髪の男のものだ。私は足を止め、耳を澄ませる。

「高杉ィ、あんま目立つことやんなって言ってんだろーが」

なんともやる気のない声が紡いだ名前に私は聞き覚えがあった。

高杉。たかすぎって、確か――。

「……っるせーよ!こいつらが喧嘩売ってきたんだ…!殺してやんよ!」

「まあ、落ち着けって」

怒りに満ちた低い声に、ガンッと鈍い音。私は驚き体を縮め、その場に動けなくなる。高杉君が壁を蹴り飛ばしたようだった。

何もできずにただ立ち尽くしていると、バタバタと足音が聞こえた。慌ただしくこちらへ向かってきたのは、他校の制服を身にまとった数人の男子生徒だった。

全員特徴的な髪型をしていて、俗に言う不良であることはすぐに分かった。共通していることは、皆傷だらけであること。それからひどく何かに脅えている。

彼らは情けなくも泣き言を言いながら私の横をすり抜けていった。今の人たち、もしかして高杉君に……?

「あれ、お前まだいたの」

低くてやる気のなさそうな声が再び降ってきた。逃げ出した男たちを目で追っていた私はハッとして視線を戻す。

目の前にいたのは先ほどの先生と、高杉君。

「早く帰んなさい」

「あ……はい」

返事をしながらも、私の意識は先生の背後にあった。

白髪の先生の後ろには、苛立ちを隠そうともしない高杉君がいた。私は彼の隻眼が酷く冷たく光るのを、確かに見た。先程逃げ出した男子高生たちを、まるで獲物を狙うかのような瞳でじっと見据える彼。背筋が凍りつく。

恐怖を感じる前に、距離を感じた。学校一の不良という肩書を、漸く理解した。

身を反転し、振り返らずに私は走り出した。この前の様な高揚感はない。冷えた体を感じ、身震いした。後ろであの先生が何かを言っているような気がしたけれど、届かない。

高杉君は、不良。

私は以前そうインプットしたことを、今になって思い出した。





三年生になった。私はZクラス。あの高杉君と同じクラスになるなんて、思ってもいなかった。

担任はあのやる気のなさそうな先生だし…。進路やイベントが重要な三年生なのに非常に不安だ。ちなみに噂の沖田君とも同じクラスになった。可愛いのは顔だけだったけど。悪魔みたいな人だったけど。

「あ、おまえ」

「はっ、はい!」

「窓開けてくんねーか」

「……は、はい」

高杉君は特に私を覚えていなかったようだ。助かったようなちょっと寂しいような、複雑な心境。

私は窓を開けながらぼんやりと考える。教室での彼は大人しくて、不良らしくない。確かに学校をよく休むし遅刻だってするけど、かわいい程度だ。

あの日、冷たい瞳をした彼を見なければ、私はきっと高杉君が不良だなんて信じなかっただろう。

窓を全開にして振り返ると、机に頬杖をつきこちらを見ていた高杉君と目が合った。

「悪ィな」

淡々と。でも、微かに上がった彼の口角。私の正直な心臓が一気に高鳴ったのを感じた。初めて見た彼の笑顔は年相応で、意外にも可愛らしかったのだ。

単純な私が魅せられるのには十分すぎるほどの破壊力。私が恋に落ちたのは、きっとこの時だ。