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「それじゃあ、3Zクラス全員の進路が決まったことを祝して……」
「かんぱーい!」
銀八先生がコップを掲げるのに合わせて皆が声を上げた。途端にざわつく教室内。今日は休日で他クラスは静まり返っているために、ここだけ浮いているように思えた。
本当にうれしそうに笑う先生を眺め、私もコップを口に運んだ。「ようやく肩の荷がおりた」と彼は言うけれど、実は誰よりも喜んでいることを私は知っている。その証拠にさっきから口元は緩みっぱなしだ。
立食パーティーのようなこの状況で、3Zクラスが盛り上がらないわけがない。我先にとお菓子を漁る神楽ちゃんや、自分の手料理を周りへと勧めているお妙ちゃん。先生にべったりなさっちゃん達を見まわしたのち、私は静かに教室の隅へと歩いた。
窓から空を見上げれば綺麗な青。もうすぐ冬が終わるのだと思うと胸の奥が痛んだ。
卒業したくない。
「何やってんでさァ」
喧騒の中よく響いた独特の喋り方。振り返れば沖田君が飲み物を片手に佇んでいた。
「や、なんとなくね」
へらりと笑って見せれば興味なさげな相槌が返される。私の横へと並んだ沖田君は同じように空を見上げた。
「あんたどこ行くんでィ」
「え?」
「大学」
唐突な質問に、私は「ああ」と小さく納得した後答える。
「私立文系だよ、ふつーの。沖田君は土方君たちと警察学校なんだよね?」
「なんで知ってんでさァ」
「近藤君が教えてくれたの」
ほんの少し残っていたジュースを煽りながら答えれば、彼がなるほどといった表情を見せる。
「あんたらストーカー仲間だったねィ」
「はは」
力なく笑えば沖田君が眉を寄せたのが分かった。しまったと思うけれどもう遅い。彼はずいっと身を乗り出すと、鋭い視線を私に向けた。
「……高杉とは、どうした?」
「え」
「最近話してねーだろ。丸わかりでィ」
彼の真っ直ぐな視線に背中を冷汗が伝った気がした。コップを持つ手に自然と力がこもる。
確かに、私は彼が告白されている現場を見て以来、なんとなく気まずさを感じて話しかけることができずにいた。
彼は最初は不審そうに視線を向けていたけれど、特に何かをしてくるわけでもなかった。高杉君から話しかけてくれることもないし、メールをくれるわけでもない。どこか心の片隅で期待していた私は本当に浅はかだ。彼は私に付きまとわれることを迷惑しているのだから、当然の結果なのに。
やっぱり、私だけなんだ。
突きつけられた現実が辛くて自然と視線が落ちる。沖田君は何も言わずに再び窓へと向き直った。
「……もうすぐ卒業だねィ」
「そうだね」
今日、高杉君が来るかと思ったけれど、彼は来なかった。ホッとしたと同時に最後のチャンスを失った気がした。
流れ出した重たい空気。無法地帯と化したこの教室で、どこか私たちは浮いている。
「このまま……、このままで終わらせんのかィ」
沖田君の言葉にハッとして顔を上げる。視線を彼に向けたけれど、その瞳は真っ直ぐと空を見上げていて、目が合うことはなかった。
「私……」
怖い。
本気の告白をしてふられるのが。
今の関係が心地よいのに失いたくないんだ。
もし私が真剣に彼へと思いを伝えたら、どうなる?間違いなく彼と話せなくなってしまう。卒業したあとだって、メールくらいできるかもしれないのに、それすらなくなってしまうんだ。
ふと何気なく周囲を見渡すけれど、やはり彼の姿は見当たらなかった。先程銀八先生に聞いたら、高杉君も大学生になったと言われた。どこの大学なのかはさすがに教えてもらえなかったけれど。
「まぁ、飲みなせェ」
気づけば彼が手にしていたペットボトルのふたを外していた。沖田君が珍しく優しいことに戸惑っていると、いらねーのかと冷たく問われた。慌ててコップを差し出せば、ジュースがなみなみと注がれてゆく。ぼんやりとその様子を見ていると、すぐにコップは満杯になった。
「当たって砕けな」
沖田君がペットボトルを閉めながら言った。
「……これが最後だろ」
やはり砕けるしか道はないのか。ちょっとくらい可能性……ないよね。
期待するだけ虚しいので私は曖昧な笑みを浮かべて沖田君にお礼を言った。
燻る感情に気づかないふりをして煽ったジュースは、胸の奥にやけに染みわたった。
当たって砕けるか、当たらず砕けるか。
End
090524
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