三大ストーカー | ナノ
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翌日、教室に入ると高杉君の席に鞄が置かれていた。それに気付いた私は授業をさぼって屋上へ向かう。



「高杉君!」

扉を開け放って叫べば、そこには見なれた後姿。それだけで緩む頬。幸せな気持ちで満たされる。

「おはよう、今日もかっこいいね」

隣に座りながら声をかければ彼は静かに反対側を向いた。

あれ、なんだろう。

その避ける様な動作に、私はどことなく違和感を感じた。

「そうだ、メアド……ありがとね!すごく嬉しかった」

無視。

「えっと、ね……あの飴の包み紙、宝物にしてるんだ!見て、ポケットに、ほら」

無視。

違和感が確信に変わる。こちらを見もしない高杉君に、どんどん心拍数が上がっていくのを感じた。

なんで?今まで馬鹿にされたり意地悪を言われたりはしたけど、こんな風に無視されたことはない。

不安に押しつぶされそうになったけれど、必死で言葉を探す。私が黙ってしまったら、本当に終わってしまう関係だから。

「あっ、あのね、高杉君用のメールフォルダ作ったんだよ。高杉君からメールが届いたらすぐに――」

「……うるせェ」

低い声が耳に響いた。普段よりずっと低い声。途端に視界が回る。背中に鈍い痛みが走り、目の前には青い空を背景にした高杉君。

私は押し倒されたのだと漸く理解した。

「え」

固まる。笑顔なんてとてもじゃないけど作れない。

だって高杉君の目が、冷たい。

「ど……したの?高杉君……」

彼は何も言わずにただ黙って見下ろしている。こんなに近い距離で、こんなに長い間視線が絡んだことない私は、鼓動がどんどん早まっていくのを感じていた。

冷汗が背中を伝う。両腕を抑える手に力を込められ、指の先が冷えていく。

「たっ、高杉く……」

「怖いのかよ」

先ほどと変わらない低い声。私はこの声を一度だけ聞いたことがある。

高杉君が他校の男子生徒と喧嘩しているのを見かけた時。

彼は今、敵を見る目で、敵にかける声で、私へと接している。

「彼氏……できたそうじゃねェか」

「……えっ!?」

突然の言葉にただ聞き返すことしかできずにいると、彼が少しだけ表情を歪めた。

「ばれたって、顔だなァ」

「何……が?」

「よかったじゃねェか。これで俺も解放される」

目の前が真っ白になった気がした。高杉君は、いったい何を言っているの?

現状が理解できずにただ彼を見上げていると、不意に体が軽くなった。彼が体を起こしたのだ。

「――俺を馬鹿にすんのも大概にしろ」

「……!?違うよ!」

反射的に起き上がっていた。高杉君が何かを誤解していることに、私はやっと気づいた。

立ち上がった高杉君に私も続く。相変わらず冷めた目で見降ろす彼を負けじと見つめ返す。

「なんでそんなこと言うの……?」

私が好きなのは高杉君だって、言ってるじゃん。ずっとずっと、高杉君だけしか見てなかったのに。

全然伝わってなかったの?

「私はっ、高杉君のことが……!」

「黙れ」

鋭い響きを持ったその声は、私の心臓を貫いた。高杉君は私から視線を外してしまった。途端に込み上げた熱い思い。鼻の奥がつんとして、涙腺が緩む。

やばい、泣きそうだ。

下唇を噛みしめて耐えようとしたけれど、それは簡単に零れ落ちた。私は咄嗟に目元を抑えて、彼から逃げる様に屋上を飛び出す。こんな風に泣くところを高杉君には見られたくなかった。

彼は、当然ながら追って来ない。










教室へ鞄を取りに行くのも忘れて学校を抜け出した。泣きじゃくりながらひたすら走るけど、何度も反芻される高杉君の冷たい声は拭えない。

人通りの少ない入り組んだ道を駆け抜け、人っ子一人いない川原へと出た。私は漸く足を止めると荒れた呼吸を整える。

太陽を反射して輝く川を見ていたら余計に虚しくなってきた。涙は益々零れ落ちる。止まらない。止まらないよ。

「う、うー……」

こらえるように頭を数回横に振ると、私は再び走り出した。悲しいことがあった時、よくこうやって走った。風が涙をさらってくれるから。私は川沿いに草はらを走り抜ける。

高杉君の、馬鹿。バカ。

どんなに走っても頭の中を渦巻くのは高杉君のこと。うっとおしいと思われていたとしても、嫌われていることはないと思っていた。優しく突き放してくれる高杉君が大好きだった。なのに、なんで。

どうしてあんなこと言うの。

冷たい彼の瞳が、目に焼き付いて消えない。目を瞑っても、網膜に刻まれたそれは私をずっと見つめている。

怖かった。高杉君が、怖かったよ。

もっと暗闇が欲しくて強く目を瞑った時だった。私は足元のでっぱりに気づかずにつまずいてしまった。思い切り転び、草が頬を切る。膝が、痛い。腕もお腹も。あたしは起き上がることもせずに、そのまま地面にうつ伏せて泣きじゃくった。

心が、痛い。