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「あ、山崎くん!」
「あ……」
下校中見慣れた後姿。足を止めて振り返った彼の元へと走り寄る。追いついた私を確認すると山崎くんは再び歩きだしたので、私たちは並んで歩くこととなる。
「珍しいね。この時間帰り?」
「うん、委員会で。山崎君は?」
「俺はちょっと部活に顔を出してたんだ」
その言葉に彼が以前バトミントン部に入っていたことを思い出す。この時期にまだ部活の様子を見に行くなんて、よっぽど後輩思いなんだろうな。
彼が後輩とバトミントンに勤しむ姿を想像して、思わず零れたと小さな笑い。山崎君が少しだけ目を見開いた。
「今日さ、ずっと思ってたけどご機嫌だよね」
「え?」
「口元緩みっぱなしだからさ」
言われてみればそうかもしれない。急に恥ずかしくなって私は曖昧な笑みを浮かべた。
「へへ、ちょっとね」
「なになに?」
同じ様に微笑んで山崎君が問いかけてくれる。本当は一日中誰かに言いたくてたまらなかった私は、迷うことなく口にした。
「あのね、実は昨日高杉君がメアド教えてくれたの!」
「……っえ?」
途端に山崎君が目を見開く。無理もない反応だ。この前まで私は彼のメアドを知らなかったわけだし。
「……聞いたの?」
「ううん!それが何と高杉君からなんですよ!」
「へえ……」
あれ。なんだか思っていたより山崎君の反応が薄い。もしかして信じてくれてないのかな。不安に思ったけれど、何故か流れ出した沈黙が気まずくて、私は何も言えずに黙りこんだ。
信号にたどり着き、私たちは足を止めた。車が通る音が時折響き、より気まずさに拍車がかかる。
「あ、あのさ……」
「……!うん?」
何か言いかけたくせに、山崎君はなかなか言葉を紡ごうとしない。様子を窺うように隣を盗み見たけれど、山崎君は信号機をじっと見つめていた。
「俺……」
「山崎じゃねーかィ」
不意に、背後から肩を叩かれた山崎君。その声は聞きなれたものだった。
「沖田君!」
振り返って私が声をかければ山崎君を見ていた彼は驚いたように目を見開く。
「なんでお前が山崎といるんでィ」
「さっきそこで会ったんだ」
なんとなく重かった空気が沖田君のお陰でかき消されたような気がした。安堵して隣の山崎君の様子をもう一度窺うけれど、沖田君と会話している彼は普段通りだった。
気のせいだったのかな。先程の山崎君はいつもと違ったような気がしたんだけど。
安心した私は力が抜けるのを感じた。こっそりとため息を吐き出すと、ちょうど信号が青になった。三人でそれを渡ってから、私は振り返る。
「それじゃあ私あっちだから」
「おう」
「あ、……ばいばい!」
山崎君と沖田君も軽く手を振ってくれた。あたしは彼らに背を向けて、走りだす。
走りながらぼんやりと考えるのは、山崎君のことだった。さっき何か言いかけてたみたいだったけど、なんだろう。……それにしても山崎君ってよく人のことを見てるんだな。そんなに私はニヤついてたのかな?恥ずかしい……。
でも、携帯の中にある高杉君のアドレスのことを思うと、自然と頬が緩んでしまう。今日は高杉君に会えなくて話せなかったというのに、気分は上々。なんて自分は単純な生き物だろう。
立ち去ったあいつの背中を見送る山崎の寂しそうな横顔と言ったら。俺はにやりと口角を上げて、ぼんやりと突っ立っていた山崎を小突く。途端に彼はよろめいて、情けない声を漏らした。
「相変わらず分かりやすいやつだねィ」
「えっ!?」
「好きなんだろィ、あいつのことが」
俺が言えば山崎の顔がみるみる赤くなる。単純なやつだ。あんな女のどこがいいんだろうか。
「……お、俺」
「言わなくてもバレバレでさァ。告白したらどうでィ?」
からかう様に言うと、刹那黙り込む山崎。斜め下を見るその表情は暗いもので、俺は地雷を踏んだことを知った。
「……無理ですよ。だって彼女は高杉にあんなにも一途で」
「高杉になんて、まるで相手にされてねーじゃねェか」
「そうでもないみたいなんです」
その言葉に耳を疑う。あいつらのやり取りを見てどこに可能性があるというんだ。そう言おうとしたけれど、山崎が先に吐いた言葉に俺は驚愕させられた。
「さっき……高杉にメアド教えてもらえたって喜んでました」
「……え」
「しかも高杉の方から」
「マジでか」
あいつの妄想とかじゃねェのか。一瞬そんな考えも過ったけれど、多分ないだろう。分別はあるやつだから。
これは分からなくなってきた。何でィ、高杉の奴。もしかしたら本当に……。
「それじゃあ沖田さん、俺帰ります」
俺の思考は山崎の声に遮られた。弱々しい笑みを浮かべた山崎は、力ない足取りのまま立ち去った。俺はしばらくそれを眺めながら考え込む。
「……本当に面白くなってきたねィ」
俺のこぼした独りごとは、静かな交差点へと響いた。どこかで走るオートバイの音を聞きながら、俺は携帯を取り出した。
宛先は高杉。それから内容は。
『さっきあの女が山崎と歩いてやした』
素早く送信ボタンを押すと、思わず口角が上がった。今後のことを思うと、少しばかりわくわくする。まあ、暇つぶしぐらいにはなるだろうねィ。
携帯を閉じて道を歩き出す。心なしか軽くなった足取り。代わる代わる頭に浮かぶ奴らの顔を思い出して、もう一度笑いを零した。
さあて、事がどう運ぶか見物でさァ。本当、あいつらといると退屈しねェや。
End
090404
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