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私は自室の真ん中で、手の中にある紙切れを持って微かに震えていた。
「うそ……」
掠れた声が出る。今目の前にあるものが信じられなかった。現実だと思えなかった。
けれど何回瞬きを繰り返しても目の前の紙切れは消えない。それにそこに刻まれた文字の羅列も。光の屈折じゃないかと蛍光灯に照らしてみるけれど、確かに存在する。
「ゆ、ゆめ……?」
試しに紙切れを持っていない方の手で、自分の頬をつねった。こんなことをする日が本当にくるなんて。……否、しかし確かに痛い。夢じゃない。これはリアルなんだ!
私の手に握られた紙切れ。それは高杉君に放課後貰ったミルキーの包み紙だった。食べるのが勿体ないと思っていた私は家宝にするつもりだった。永遠に保存しようと決意したのだったけれど、さっちゃんにこのことを報告したら、食べない方が勿体ないと怒られてしまった。確かにそうだと考え直した私は家に帰るなり早速包みを開いた訳だ。そして話は冒頭に戻る。
「アドレス……」
ペコちゃんが十人いるかな。それくらいの軽い気持ちで眺めた包み紙には、アドレスと思われるアルファベットが羅列していた。アットマークの後には有名な携帯会社の名前。間違いない。アドレス、だ。
嘘。うそうそ!?驚きのあまり、先ほどからずっとこの紙切れを眺めているというのに、速まる鼓動がおさまる気配はない。高杉君の、アドレス。高杉君の、アドレス。高杉君のアドレス!
裸になったミルキーを口の中に放り込んだ。途端に広がる甘い味。ママの味とはよく言ったものだ。私はころころと舌を使ってそれを転がし、できるだけ興奮を落ち着かせようとした。
もう一度包み紙を見る。いったん開いて書いたのだろうか。衛生上がどうこうだなんて、全然気にならない。寧ろ高杉君が一回触った飴をなめてるとか思うと興奮しちゃう!いや、さすがにそれは危ないか。でも嬉しい。嬉しすぎるよ。
私はそこまで考えてベッドに腰を下ろす。自分を落ち着かせるために深く息を吐く。味わうようにミルキーをなめた。絶対噛むもんか。噛まずになめきってやる。
ベッドの上に置きっぱなしだった携帯を手に取り、アドレス帳登録画面を開いた。一番上の欄に「高杉晋助」と震える手で入力した。まさか、こんな日が来ると思わなかった。こんなことが、起こるなんて……。
ぴ、と機械音がして、私は無事高杉君のアドレスを登録した。急に携帯が重くなった気がする。この中に、高杉君とのつながりがある。それだけで、すごくわくわくする。嬉しい。幸せになれるんだ。
「やばい、やっぱ、好き」
ベッドにごろりと転がって携帯を仰ぎ見る。こんなことを一人ごちる自分がなんだか無性に乙女チックで恥ずかしかった。けれど放課後の夕陽に照らされた高杉君を思い出すと、どうしても頬が緩む。
メール、してみようかな。
勇気を持って彼宛てのメール作成画面を開いた。緊張した。どうしよう、返事返ってこなかったら。でも、教えてくれたわけだし、迷惑ではないよね?
自分に言い聞かせるように考えて、私はとうとう文字を打ち始める。嫌われたくなくて、返事が欲しくて、必死に文章を考える。消しては打ち、消しては打ちを何度も繰り返した。
『ミルキーありがとう!おいしいよ!登録お願いします!』
漸く完成した文は、特にこれと言って特徴のないものだった。
変……かな。メールだとどれくらいのテンションで行けばいいのか分からない。いつもみたいなノリがいいのかな。それともギャップが必要かな。やけに意識してしまって恥ずかしい。
というよりやっぱり迷惑な気がしてきた。どうしよう、何かの冗談だったら。もしかしたら罰ゲームかもしれない。私が高杉君のストーカーなのは有名だし、ネタにされてもおかしくない。
一度考えだすと止まらない。ぐるぐると胸中を渦巻く不安に苦しくなる。私は寝返りを打って携帯を握りしめる。返事、来なかったら……諦めよう、かな。
勇気を出して送信ボタンを押した。「メール送信中」の文字が点滅する。刹那止めておけばよかったと後悔の念にさいなまれるけれど、私が中止ボタンを押す前に表示されたのは「送信完了」の四文字。いって、しまった。もうとりかえしはつかない。
居ても立ってもいられなくて何度も寝返りを打った。別にこんなことしたって状況は変わらないけれど、そわそわする。手にじんわりと汗がにじんだ気がした。
その時、携帯が震えた。そう言えば学校から帰ってマナーモードにしたままだった。素早く開けば新着メール一件。心臓がじくりと動いた気がした。
広告かもしれない。他の友達の可能性もある。できるだけ期待しないように画面を進めていけば、メールフォルダには、確かに「高杉晋助」と書かれていた。
高杉君からの人生初のメールだ。ぼんやりとした幸せが脳みそを溶かしてしまいそうだ。私は中に書いてある文を、できるだけ酷いものを想像する。ブス、キモい、お前なんか嫌いだ。そう考えていた方が、もしそう書いてあったときに傷つかないですむ。高杉君がそんな人じゃないことは分かっているつもりだけど、そうせずにはいられなかった。
どうして高杉くんは、私なんかに、メアドを。
カチ、と無機質な音を立てた携帯がメールを開いた。そこには予想していたようなことはちっとも書かれていなかった。
『名前くらい書け、バーカ』
確かに絵文字の華やかさはないし、顔文字の可愛らしさもない。けれど、それも高杉君らしいと思える。安堵からか、私は目の奥がつんとした気がした。好き、だ。やっぱり、私は高杉君が好きだよ。
とりあえず私はそのメールを保存すると、顔をベッドに埋めた。顔に熱が集中する。絶対今、赤いよ。
よかったメールで。安堵の息を漏らしながら、もう一度携帯を見た。次にずっと左手に握っていた包み紙。すっかりくしゃくしゃのそれを抱きしめるように胸に近づけて目を閉じれば、高杉君の顔がまぶたの裏に浮かんだ。
重症だな、私。
End
090316
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