油断していた。迫る巨人に咄嗟に回避策を講じることなど出来はしなかった。
死が脳裏によぎったその瞬間、強く後ろに体を引かれた。そのまま飛ばされたため、なんとか着地する。

「……っ!」

自分を助けたその人は、ひどく美しかった。純粋に綺麗だな、と思った。
彼は自分と同じ男であったが、誰よりも美しくあった。強く、気高く、憧れの兵士であった。

邪魔だから括れるようにと伸ばされた黒髪が宙にふわりと舞い、鋭く放たれた一閃は寸分の狂いもなく奴らのうなじを削いだ。彼はしなやかに着地し、ちらりとこちらを振り返る。

「エレン、怪我は?」
「は、はい!大丈夫です」
「そう」

彼はまた視線を奴らに向けて、勢いよく飛び上がった。自分も彼に続く。
暫くの間激しい戦闘が続き、やがて撤退が指示された。何人かが死んだ。何人も死んだ。





「名前さん、ありがとうございました」
「助けれたから助けただけ。感謝とかいいよ。エレンは無事に帰れたことを喜べばいい」

再び壁内に戻り、彼を探してお礼を言うと予想通りに感謝をはね退けた。知っている、彼はこういった人だ。

「……そういえば、髪どうしたんですか?」

今の彼は括っていた黒髪を結わえずに下ろしている。レアですかね?と言えば、元から価値がないと素っ気なく返される。

「途中でなくした……やっぱり邪魔だ」
「切ればいいじゃないですか」
「切ると結えないだろ。ばさばさ鬱陶しい」

彼は男なので刈る、という選択もあるにはあるのだが、彼の美しさがその選択肢を消している。実際彼の人気は男女ともに計り知れないほどあるのだ。
そんな彼を今晩は独占することができる。楽しくて仕方がない。

「そうですね、俺も今の髪型がいいです」
「あっそ」

するりと指を絡めれば、あれだけの動きをしたあとなのにも関わらず十分な指通りを保ったままだった。綺麗な黒髪を弄ぶ。こうやって何回彼に触れることができるのだろうか。

「……エレン、それやめろ。眠くなる」
「単に疲れてるだけじゃないですか?」
「うるさい」

そのまま自分の方に倒れ込んで来た体を受け止めれば、彼が笑っていた。彼は安堵の笑みを浮かべてから、そっと瞼を閉じた。長い睫毛に縁取られた瞳が間近にある。
やけに心拍が速まるのが自分でもわかった。

「……部屋、行きましょうか」
「ん、行く」

立ち上がった彼に続いて部屋へと向かった。彼はぼすんと一直線にベッドへと飛び込んでから、やけに窶れた声色で呟いた。

「……今日は、嫌な日だった」

普段からは想像し難い弱々しい声につい彼の顔をまじまじと見てしまう。憂い。嘆き。全部呑み込んでいるのだろうか。
彼の頭近くにそっと腰を下ろして、できるだけ優しく髪を撫でる。抵抗されなかったのをいいことにそのまま続けた。

「ねましょう、名前さん」
「……子供体温貸せよ」

するりと腕が伸びてきてベッドに引きずりこまれる。あっと言う間に抱きすくめられてしまった。

「……いつでもどうぞ」

お前の体温眠くなるんだと背中から声がした。自分なんかで貴方が眠れるならいくらでも使ってくれて構わない。自分がなにかになるなら、差し出すから。
――側にいて、と願うのだ。

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