(104期生)
「エレン、また魘されてたよ」
「……なにか言ってたか?」
いつもいつでも真っ直ぐに。力強い意志を秘める瞳が、今は気まずそうな色を浮かべている。
先程までは泣きそうな寝顔だった。思わず頬を叩いてしまった程に。ぺちぺちと小さな音が鳴って、そうしてエレンは目を醒ました。
周りからは皆の寝息。寝返りの音。
外からは虫の鳴き声が聞こえてきている。
声を潜めて、質問に答える。
月明かりに照らされるエレンの顔色は、あまりよくない。
「駆逐してやる、って」
「…………」
「一匹残らず駆逐してやる。そう言ってたよ」
エレンの瞳が揺らぐ。
夢の内容を思い出したのか、それとも、なにか思い当たる記憶でもあったのか。
動揺を滲ませて、僕を見た。
「…そんなハッキリと言ってたのか?」
「いや、だいたいそんな感じだった。泣きそうになってたし…」
「なっ…!泣いてねぇからな!」
「はいはい」
「信じてねぇだろ…!」
「あんまり大きな声出すと、だれか起きるよ。アルミンとか」
「…っ!」
みごとに黙り込む。さっと周囲に視線を走らせ、起き出した者が居ない事を確認するとエレンは再び布団に潜り込んだ。
たまに、あるのだ。
どんな夢を見ているのかは知らないけれど。エレンの故郷は巨人に襲われたと聞いた。きっと、それに関係する悪夢だ。
皆は知らない。
それほど大きな寝言でもない。
けれど、自分は何度かそれに遭遇した事があった。
僅かに覗くその頭を、そっと撫でる。
ビクッと体をすくませたエレンが、なにか信じられないものでも見るような目で僕を見上げた。
「なに?」
「お前、今…頭…」
「あぁ、うん。こうすると寝られるんじゃない?」
「いや…無理だろ。ガキかオレは」
「いいこだから寝ましょうねーエレンくん」
カッと、エレンの耳が赤く染まった。
怒らせてしまったか。
少し反省したのだけれど、どこか憮然とした表情になったエレンが身を起こし、ガシッと僕の肩を掴んだ。
そのまま一緒に布団の中へ倒される。
なんだろう、エルボー?それに近い。
「名前」
「なに?」
「いい加減、お前も寝ろよ」
「………」
驚いた。
まさかエレンにそんな事を言われるなんて。
確かに僕は寝ていなかった。エレンの寝言に起こされたわけではない。
眠れなかったと言うべきだろうか。
よくある事で、別に困っているわけじゃなかったのだけれど。
「オレだってその位は気付く」
「そっか。そうだね…寝ようかな」
「なにかあるなら、話くらいは聞いてやるから」
「……うん」
自分の布団に戻ったエレンが、僕に背を向ける。咄嗟に答えはしたものの、すぐには寝付けない僕に気を使ってくれたのかもしれない。
エレンはいつでも真っ直ぐだ。
その背中を見ているだけで、僕も強くあれる気がする。
立ち止まるな。
戦えと。
「エレン」
「なんだ?」
「…おやすみ」
「あぁ…おやすみ」
だからだろうか。
たまに見せる、そんな弱さがたまらなく――…
たまらなく、いとおしいと感じるのは。
けれど、泣いては欲しくないから。
いつだって、君をこちらに引き戻そう。
目覚めれば、君は強さを取り戻す。
今の僕に出来るのは、たったそれだけの事なんだ。